狠狠撸

狠狠撸Share a Scribd company logo
母乳とウイルス感染症
高槻病院 新生児小児科 菊池
新
母乳育児の利点
赤ちゃんにとっての利点 母親にとっての利点
1. 疾病の予防や軽症化
2. 母乳は最適な栄養源である
3. 顔全体の筋肉や顎を発達させ
る
4. 消化に良く、便秘になりにく
い
5. 免疫機能を強化する
6. 愛着と信頼感を深める
7. いつも新鮮?適温?衛生的
8. アレルギーのリスクを下げる
9. 認知能力を発達させる
10.早期接触により体温?呼吸数の
安定や常在細菌叢の獲得を助
ける
1. 妊娠前の体重復帰を促す
2. 排卵を抑制する
3. 精神的な安定をもたらす
4. 乳癌?卵巣癌?子宮体癌の罹患率を
低下させる
5. 閉経後の大腿骨頸部骨折や骨粗鬆
症が減る可能性がある
6. 衛生的?経済的で手間がかからない
7. 災害時にも衛生環境が悪化しても、
授乳でき、母と子双方の精神的安
定に役立つ
8. 児が欲しがるとき、欲しいだけ飲
ませることができる
涌谷桐子編:すぐ使える70の事例から学ぶ母乳育児支援ブック(メディカ出版2009,
一部改変)
母乳育児の長期的効果
先進工業国で証明されている母乳の長期的効果
○感染防御効果: 中耳炎、嘔吐下痢、肺炎、髄膜炎
早産児での壊死性腸炎、敗血症
○免疫制御:1型糖尿病、炎症性腸疾患
○アレルギーや湿疹の予防効果
○乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスク軽減
○白血病?ホジキン病のリスク軽減
○認知能力の向上(最高18歳までの)
○生活習慣病の予防(肥満、高脂血症、2型糖尿病、高血
圧)
American Academy of Pediatrics Policy Statement.
Breastfeeding and the Use of Human Milk. Pediatr, 2005.
母乳栄養の健康面での利点
先進国における母乳育児と比較した人工栄養の危険度
疾患 相対リス
ク
疾患 相対リス
ク
アレルギー疾
患
2-7倍 1型糖尿病 2.4倍
中耳炎 3倍 乳幼児突然死症候群 2倍
胃腸炎 3倍 肺炎?気管支炎 1.7-5倍
髄膜炎 3.8倍 炎症性腸疾患 1.5-1.9倍
尿路感染症 2.5-5.5倍 ホジキン腫瘍 1-6.7倍
アメリカ小児科学会:母乳育児のすべて-お母さんになるあなた
へ-
メディカ出版, 2002.
感染症の予防効果
? 急性中耳炎
3か月母乳栄養児は人工栄養児と比べて、リスクが半減
6か月母乳栄養児は混合?人工栄養児と比べて、リスクは
1/3
? 下気道感染(肺炎等)
工業先進国で4か月母乳栄養児は人工栄養児と比べて
下気道感染で入院する危険性が1/3以下になる
? 胃腸炎
混合?人工栄養児は母乳栄養児と比べて2.8倍リスクが増加
? その他
尿路感染症:完全人工栄養児は母乳栄養児の5倍高リスク
重症髄膜炎の罹患リスク減尐
早産児における敗血症の罹患率低下水野克己:母乳育児学, 南山堂, 東京 2012, p1-4
初乳や母乳による感染症予防効果
細菌 ウイルス そのほか
大腸菌
サルモネラ
赤痢菌
コレラ菌
バクテロイデス属
肺炎球菌
百日咳
破傷風菌
Clostridium difficile
ジフテリア菌
ミュータンス菌
インフルエンザ菌B(HIB)
結核菌
ロタウイルス
風疹
ポリオ
エコーウイルス
コクサッキーウイルスA/B
RSウイルス
サイトメガロウイルス
インフルエンザAウイルス
単純ヘルペスウイルス
アルボウイルス
A型肝炎ウイルス
B型肝炎ウイルス
HIV
カンジダ
Giardia属
アメーバ
食物たんぱく
初乳や母乳に含まれる特異的IgA抗体や
細胞性免疫による予防効果が期待できる病原体
母乳育児と感染症
母乳中に移行
が証明されて
いるもの
授乳中止を考
慮しなければ
ならないもの
経母乳感染の
可能性の報告
があるもの
経母乳感染の
報告がないも
の
HIV ○ ○
HTLV-1 ○ ○
サイトメガロウイルス ○
水痘帯状疱疹ウイルス ○ ○
風疹ウイルス ○ ○
EBV ○ ○
ムンプスウイルス ○ ○
A型肝炎ウイルス ○
B型肝炎ウイルス ○
C型肝炎ウイルス ○
B群溶連菌(GBS) ○
結核 ○(一時的) ○
ヒト罢细胞白血病ウイルス1型(贬罢尝痴-滨)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/boshi-hoken16/dl/06_1.pdf
高槻病院院内勉强会2013『母乳とウイルス感染症』
ヒト罢细胞白血病ウイルス1型(贬罢尝痴-滨)
? 以下の疾患を引き起こすレトロウイルス
①成人T細胞白血病?リンパ腫(ATL)
②HTLV-I関連脊髄症(HAM)
③HTLV-I関連ブドウ膜炎(HU)
? 感染源
①母子感染(おもに母乳を介して)
②性交渉
③輸血:1986年以降は血液センターで検査し除外
? 全国のキャリア数は約108万人
九州に多かったが、現在は大都市圏で増加傾向
成人T細胞白血病?リンパ腫(ATL)
? HTLV-1に感染したTリンパ球が、40~50年以上経
過して腫瘍化し発症した白血病?リンパ腫
? 日本での発症年齢の中央値:67歳
? HTLV-I感染者が生涯でATL発症の危険性は5%
(男性は15人に1人、女性は50人に1人)
? 症状:リンパ節腫脹、肝脾腫、皮膚浸潤、感染症
? 治療:強力な化学療法、造血幹細胞移植
新しい治療薬(ポテリジオ)
? 予後(生存期間中央値):
急性型11か月、リンパ腫型20か月、
慢性型24か月、くすぶり型3年以上
础罢尝の病型分类别生存率
元宮城県知事 浅野史郎さん
1970年 キャリア官僚として厚生省入省
約20年間の在職中に老人福祉課、
年金課、障害福祉課などで奉職
1993年~ 宮城県知事を3期にわたり務めた
2004年 献血時の検査でHTLV-Iキャリアと判明
以後東北大学医学部附属病院で検査
2009年5月 ATL急性型を発症、同6月に公表
約4か月間、抗がん剤治療(東大医科研)
2009年10月 ミニ骨髄移植を施行(国立がんセンター)
2020年2月 寛解となり退院
2011年5月 慶應義塾大学復職
ATLへの理解が進めばという思いで病気を公表し、
寛解後もHTLV-Iの公費検査や研究助成に対して
国や地方自治体へ働きかける活動を続けている
『還暦ATL患者の星』と言われている(本人談)
HTLV-I関連脊髄症(HAM)
? HTLV-1キャリアにおいて発症する慢性進行性
脊髄麻痺。
? 発症頻度:年間にキャリア数万人に1人程度
? 臨床症状:緩徐進行性の両下肢痙性不全麻痺、
膀胱直腸障害、起立性低血圧、インポテンツ
? 治療:ステロイド、インターフェロンαなど
? 予後:通常は慢性に経過、重症例では寝たき
り
HTLV-Iと母子感染
? 厚生労働省研究班平成21年度報告書
各栄養方法?母乳栄養期間別のHTLV-I感染率
人工栄養群:3.3% (2.4-7.6%)
母乳栄養群:14.6% (6.1-45.5%)
3か月以下:1.9% (1.6-2.8%)
6-7か月未満:5.9% (4.5-8.3%)
6-7か月以上:18.7% (14.0-20.5%)
凍結母乳群:3.1% (0-6.5%)
? 人工栄養群であっても子宮内感染が存在する
ため、感染は0ではない。
短期母乳の注意点
? 短期母乳を選択したが、産後3か月を超えても
直接授乳をやめられなかった報告
? 直接授乳をやめられるよう、継続的支援
? 産後2か月ごろから哺乳瓶で搾母乳や人工乳を
与えるなど、具体的な方法についてあらかじ
め、母親と支援者が相談
? 里帰り分娩では継続的に支援してもらえる施
設を探して紹介(現在ネットワーク構築に向
け準備中)
産婦人科診療ガイドライン産科編2011
CQ003 妊娠初期の血液検査項目は?
以下の項目を行う
(前略)HTLV-I抗体
CQ612 妊娠中にHTLV-I抗体陽性が判明した場合は?
1.スクリーニング検査(PAまたはCLEIA)には疑陽性があること
を認識する。(A)
2.スクリーニング陽性の場合、必ず確認検査(WB)を行い、確認
検査陽性の場合にHTLV-Iキャリアと診断し、妊婦に結果を伝
える。(A)
3.HTLV-Iキャリアの告知は特に慎重に行う。妊婦本人の希望に
基づき家族への説明可否を判断する。(B)
4.HTLV-Iキャリアの場合、経母乳母子感染予防の観点から、以
下の栄養方法を選択枝として呈示する。(B)
1) 人工栄養
2) 凍結母乳栄養
3) 3ヵ月以内内の母乳栄養
妊妇の贬罢尝痴-1スクリーニング検査
参考文献(1):HTLV-I
1.HTLV-1キャリア指導の手引き
厚生労働省研究班「本邦におけるHTLV-1感染及び
関連疾患の実態調査と総合対策」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/htlv-1_d.pdf
2.HTLV-1キャリアのみなさまへ
厚生労働省研究班「本邦におけるHTLV-1感染及び
関連疾患の実態調査と総合対策」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/htlv-1_e.pdf
3.HTLV-1母子感染予防対策 保健指導マニュアル
平成22年度厚生労働科学特別研究事業
「ヒトT細胞白血病ウイルス-1型(HTLV-1)母子感染
予防のための保健指導の標準化に関する研究」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/boshi-hoken16/dl/05.pdf
4.HTLV-1母子感染予防対策 医師向け手引き
平成21年度厚生労働科学研究費補助金
厚生労働科学特別研究事業
「HTLV-1の母子感染予防に関する研究」報告書(改訂版)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/boshi-hoken16/dl/04.pdf
サイトメガロウイルス
サイトメガロウイルス(CMV)
? 症状:免疫能が正常であれば大半は無症状で経過
通常幼尐期に感染し、生涯その宿主に潜伏感染
? 感染経路:感染者の血液?唾液?尿?涙?母乳?精液等
? 母子感染経路は3つ
子宮内で胎盤を通して、血行性に感染する経路
出生時に産道を通過するときに感染
生後の経母乳感染
? 潜伏期間:20~60日
? 母乳
一般には感染しても正常な乳幼児では不顕性感染が主
経母乳感染で自然な免疫が得られると考えた方がいい
NICUに入院するような早産児では注意が必要
サイトメガロウイルス(CMV)
正式名称:ヒトヘルペスウイルス5(HHV-5)
病理学的検査ではCMV感染細胞が大きくなり、細胞の核
内に
大きな「封入体」を持っていることが特徴の一つ。
「フクロウの目(owl eye)」と呼ばれる。
サイトメガロウイルス(CMV)
? 症状:免疫能が正常であれば大半は無症状で経過
通常幼尐期に感染し、生涯その宿主に潜伏感染
? 感染経路:感染者の体液(血液?唾液?尿?涙?母乳?精液
等)
? 母子感染経路は3つ
子宮内で胎盤を通して、血行性に感染する経路
出生時に産道を通過するときに感染
生後の経母乳感染
? 潜伏期間:20~60日
? 母乳
一般には感染しても正常な乳幼児では不顕性感染が主
経母乳感染で自然な免疫が得られると考えた方がいい
NICUに入院するような早産児では注意が必要
CMV母子感染における2つの問題
1. 妊娠初期の母親が初めてCMVに感染し、
胎児にもCMVが感染する
「先天性CMV感染症」
2. 早産で出生し、出生後に母乳を介して
CMVに感染する
「早産児の(後天性)CMV感染症」
先天性CMV感染症
? 妊婦が初感染すると約40%で胎児の先天性感染が発生
? 感染児の約2割で低体重、小頭症、点状出血、血小板
減尐、肝脾腫、黄疸、難聴、知的障害、網脈絡膜炎な
どの臨床症状あり
? 脳内石灰化や脳室拡大などの
頭部画像所見の異常を加えると
約3割が症候性
? 一部の感染児においては、出生時
無症候性であっても、遅発性に
難聴や精神発達遅滞を発症
? 発生頻度は全出生児300人に1人
(先天性代謝異常より多い)
CMV母子感染と出生児障害のリスク
妊婦のCMV抗体保有率:1980年は93%→2005年には70%まで
CMVの経母乳感染に関する報告
? Vochemらの報告(ドイツ1998)
対象:在胎32週未満の極低出生体重児
母56名
母CMV抗体 母乳中CMVDNA
IgG抗体陽性29名(52%) 23名(93%)
IgG抗体陰性27名(48%) -
児67名
CMV感染者17名(25%)
生後8週~ 12名 平均在胎29.9±1.8週
生後4~7週 5名 平均在胎24.4±0.5週
児29名中17名がCMVに感染(59%)
生後4-7週に感染した5例は
すべて超低出生体重児
うち4名は顕著な症状あり
CMVの経母乳感染に関する報告
? Buxmannらの報告(ドイツ2009)
対象:在胎31週以下の早産児
栄養:在胎33週まで凍結母乳を使用
母48名
母CMVIgG抗体陽性
29名(60%)
母体CMVIgG抗体陽性の児35名
尿中CMV陽性5名(14%)?うち2例が発症
1 人工換気を要する肺炎
2 上気道感染症状、一過性血小板減尐
症候性CMV感染児は、無症候性感染児に比べ有意に
入院期間が長く、有意に人工乳使用量が多かった。
母体CMV-IgG抗体価は症候性CMV感染児で有意に高かっ
た。
早産児における重篤なCMV感染症
? Okulu E, et al. 2012(トルコ)
在胎28週 880g 男児 日齢1~新鮮母乳栄養 日齢35に発
症
症状:呼吸状態?皮膚色悪化、肝腫大、活動性低下
検査:GOT/GPT/gGTP 354/148/236 U/L, D-Bil 15.8
mg/dL
血清?尿?気管分泌物中CMVDNAを検出
母乳中CMVDNA 1,600,000 copies/mL
治療:日齢42~Ganciclovir を25日間継続
予後:入院中のABRは正常(それ以外の記載なし)
? Fischer C, et al. 2010(スイス)
在胎28週6日 780g 男児 冷凍母乳栄養 日齢58に発症
症状:血便、血小板減尐、好中球減尐、肝脾腫、呼吸障
害
検査:尿中CMVDNA 581,100 copies/mL
治療:Ganciclovirを28日間継続
インフルエンザウイルス
インフルエンザウイルス
? 冬期に流行するのはA型とB型
? 毎年人口の10%前後が罹患
? 人畜共通感染症
? 変異を起こしやすい
?連続抗原変異(抗原ドリフト)
?不連続性抗原変異(抗原シフト)
? 潜伏期が短く、伝播力が強い
? 感染経路:飛沫感染、飛沫核感染、接触感染
? 症状:急激な発熱、頭痚、関節痚、筋肉痚、
咽頭痚、鼻汁、咳嗽
インフルエンザウイルス
主な抗インフルエンザウイルス薬は、感染細胞からインフルエンザウイ
ルスが放出される際に必要となる、ノイラミニダーゼ(NA)を阻害するこ
とで作用する。
高槻病院院内勉强会2013『母乳とウイルス感染症』
母乳育児とインフルエンザ
? 「母乳で赤ちゃんにインフルエンザはうつるの
か?」
経母乳感染の可能性はない。接触感染や飛沫感染で感
染するため、マスクや厳重な手洗いが重要。
? 「授乳を続けてよいのか?」
上記の感染対策を行いながら直接母乳を与えてもよい。
母が重症で難しい場合には、搾乳を健康な第三者に
与えてもらう。(人工乳に変更する必要はない。)
? 「インフルエンザ治療薬を使ってよいか?」
タミフルは血中濃度も低く、児の腸管から吸収される
量はわずかなので、母乳を通して児への影響はほとん
どない。リレンザは吸入薬で、母の体内に吸収される
量が尐なく、母乳中へほとんど移行しない。母の治療
上必要であれば、治療薬を使用しながら授乳しても問
参考文献(2):インフルエンザ
1. ラ?レーチェ?リーグ日本
「新型インフルエンザ(A/H1N1)から赤ちゃ
んを
守るために、母乳育児を続けましょう」
2011年2月改訂
http://www.llljapan.org/dl/dl.php?dl=flu2
2. 日本産科婦人科学会
「妊娠している婦人もしくは授乳中の婦人に
対してのインフルエンザに対する対応Q&A 9
版」
(平成22年12月22日)
http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_20101222.html
3. 日本ラクテーション?コンサルタント協会
「新型インフルエンザ【インフルエンザA型
(H1N1)
まとめ
? 母乳栄養は感染症の予防?軽症化、免疫機能
の強化という利点がある。
? 母乳栄養の中止を考慮すべき感染症は、HIVと
HTLV-I、活動性結核である。
? HTLV-Iキャリアの母親には、母子感染率を含
め詳しい説明とカウンセリングを行い、栄養
方法について母親の選択を尊重し、継続的に
支援する。
? 授乳中の母親がインフルエンザに罹患した際
も、マスクや手洗い等の対策を行えば直接授
乳でき、また治療薬を内服?吸入しても授乳

More Related Content

高槻病院院内勉强会2013『母乳とウイルス感染症』