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ネガティブな自己欺瞞の
動機と役割	
太田雅子
(お茶の水女子大学)	
第44回日本科学哲学会
2011年11月19日
於 日本大学文理学部
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「自己欺瞞」とは?	
n?本来もっている信念とは矛盾する信念をもっ
て自分を欺こうとすること
[条件]
① pを信じていると同時に?pをも信じている
② pと?pいずれかを裏付ける十分な証拠がある
③ pと?pのいずれか偽である方を信じている  (太田[2004])
【例】
○妻が浮気をしているのが明らかなのに浮気をしてい
ないと信じる
○胃ガンにかかっているのに胃潰瘍であると信じる
1
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自己欺瞞をめぐる議論の背景	
◇意図説
自己欺瞞は意図により生じる(説明される)
(Pears, Davidson, Talbott, Bermúdez, etc.)
◇動機説
自己欺瞞は動機や欲求、感情によって生じる
(説明される)
(Mele, Barnes, Scott-Kakures, Funkhouser, etc.)
※現在は動機説のほうが優勢?
	
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自己欺瞞をめぐる議論の背景	
意図説をとることによる2つのパラドックス
(Mele[2001])
①静的パラドックス
pであると信じた上で?pと信じるのは困難
(p∧?pという信念はありえない)
②動的パラドックス
?pであると自分に信じ込ませようという意図
や戦略に気づくと自己欺瞞が中断される	
3
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自己欺瞞をめぐる議論の背景	
n?動機説の利点
①pと?pは同時に信じられてはいない
欲求によって一方の信念に有利なように証拠
が操作される		    
        →静的パラドックスの回避      
②自己欺瞞の動力となるのは不随意的な欲求
や感情から形成される動機である
→動的パラドックスの回避	
4
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ネガティブな自己欺瞞	
ところが…
?pを裏付ける十分な証拠がないのにあえて自
分が受け入れたくないことを信じる自己欺瞞
がある
【例】
○証拠が不十分なのに妻が浮気をしていると
信じる
○ 医師から胃潰瘍の診断を受けたにもかかわ
らず胃ガンにかかっていると信じる
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何が問題なのか?	
n?「動機」は目的の実現のために何らかの信念
へと信念者を向かわせる
動機によって望まない(目的に反する)信念
をもつのはパラドキシカル、説明を要する
n?動機説はネガティブな自己欺瞞をどう
扱うのか?
n?動機説はその扱いに成功しているか?
6
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[本発表のアウトライン]	
①? ネガティブな自己欺瞞の動機説による説明を
紹介
②? ①から自己欺瞞において動機が果たす役割を
浮き彫りにする
③? 動機を手がかりにネガティブな自己欺瞞の謎
を解明するのは困難であることを明らかにす
る
④? ①?③をふまえて、ネガティブな自己欺瞞の
新たな捉え方を提示	
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動機説による説明ーBarnes	
n?自己欺瞞の役割:不安の軽減(Barnes[1997])
(例)[太郎と花子は夫婦、三郎は共通の友人]
n?太郎は他人から尊重されたいという動機をもって
いる
n?三郎が太郎よりも花子の助言を受け入れるという
ことが何度か続く
n?太郎は花子と三郎が親密な関係だと信じようとす
る(花子が浮気をしているという証拠は乏しく、
また花子が貞淑だと信じているにもかかわらず)
8
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動機説による説明ーBarnes	
n?なぜ太郎は望ましくない方の信念をもつの
か?
n?太郎にとっては、「自分が他人(この場合は三
郎)に尊重されていない」ことは大きな不安を
もたらす
n?三郎が自分の意見を聞き入れないのは花子と親
密な関係にあるからで、自分が尊重されていな
いからではない
          ↓
「他人から尊重されていないのではないか」とい
う不安が軽くなる	
9
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動機説による説明ーScott-Kakures	
(Scott-Kakures [2000], [2001])
n?不安の軽減という見方は十分ではない
不都合な方の仮説を信じた時点で、不安は軽く
なっていないどころかむしろ新たな不安や恐怖
を増幅させるから
n?自己欺瞞の役割:不安の軽減(消極的目標)
ではなく、目的または価値観の実現(積極的
目標)
10
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n?家を出る前にストーブを消したにもかかわらず、
「ストーブを消していない」と信じ込もうとする
[Barnesの場合](「ストーブを消していない」=?p)
「?p」と信じて家に戻ると…
○?pが真の場合?ストーブを消す行動をとる
○?pが偽の場合?ストーブが消えていることを
確認しひと安心
            ?
「火事になるのでは」という不安の軽減
シミュレーション:Barnesの場合	
11
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[Scott-Kakures の場合]
n?「p」と信じることと「?p」と信じることの
「誤りから生じるコスト」を計算する
(FTLモデル:後述)
○「?p」と信じていて偽の場合
          ?取り越し苦労ですむ
○「p」と信じていて偽の場合
          ?火災のおそれがある
シミュレーション:Scott-Kakures
の場合	
12
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コストの低さを比較すると
「p」と信じる>「?p」と信じる
   (?pと信じない)               
?
「?p」を信じる
?
「火事を防ぐ」という目的の実現
「自宅からの出火は避けるべきである」
という価値観の実現	
シミュレーション:Scott-Kakures
の場合	
13
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シミュレーション:Scott-Kakures
の場合	
n?FTLモデルを採用
(Friedlich,Trope, Libermannが考案、Meleも採用)
n?「誤りによるコスト」を避けるために仮説を
検証し、受け入れるべきかどうか判断する
◆不都合な仮説を信じるのはなぜか?	
それを受け入れないことが高いコストをも
たらすから
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Barnes, Scott-Kakuresに対して	
n?自己欺瞞者の苦境を的確に捉えているか?
目的や価値観のためにコストを減らすことは、
結果的に不安を軽くする
※それでも苦痛から解放されないのはなぜ?
n?自己欺瞞者の価値観を歪曲しないか?
 「尊重されること」より「浮気されること」
の方が不安を軽くし、誤りのコストを下げる
のであれば、太郎は浮気されることがさして
重要でないと考えていることになる?
	
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Barnes, Scott-Kakuresに対して	
n?【選択性問題(selectivity problem)】     							
(Bermúdez [2000])
数々の信念の中からなぜ?pを選ぶのか?
 不安を軽減するため、誤りのコストを抑え
るために信じるなら他にも候補はある
★いくつかの相談事についてたまたま花子の方が
詳しかった
★たまたま太郎が多忙なときに相談されおざなり
な助言しかできなかった etc.
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ネガティブな自己欺瞞の説明が
満たすべき条件	
①? 動機と信念との板挟み状況を反映したもの
であること
②?自己欺瞞者の価値観に忠実であること
③?選択性問題に一定の解答を与えるものであ
ること
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解決のヒント	
n?たとえ欲求と食い違う結果になっても、正しい信念
をもちたいと思うことがある
n?(例)成績優秀な受験生
テストの成績は学年トップ、教師や友人も評価
「学校のテストは平易で実力を測る目安にはならない
のではないか」「教師も友人も自分をおだてているの
ではないか」
本当のところ自分は優秀なのかどうか教えてほしい!
          …と思うことはないだろうか?
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ネガティブな自己欺瞞の説明(案)	
n?ただでさえ人間は好都合なことを信じがちな
ので、それとバランスをとろうとして不都合
な信念をもとうとするではないか?
n?何のために?
自分の置かれた状況に対して正常で公平な判
断ができるようにすることで、困難や予想外
の状況に対処するため
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単純なケース
ーストーブ消し忘れの場合ー
a)? 「ストーブを消したと信じたい」〈欲求〉
?「ストーブを消している」〈信念p〉
b)? 消したことを覚えていない〈事実?〉
?「ストーブを消していない」〈信念?p〉
c)? 欲求のままにストーブを消したと信じると、消え
ていなかった場合の心の準備ができない
?〈信念?p〉を強くもとうとする
※〈欲求〉と矛盾 そのかわりどの事態に対処可能
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複雑なケース ー太郎の場合ー	
a)? 「他人に尊重されたい」〈欲求〉
?「自分は他人に尊重されている」〈信念p〉
b)? 三郎が太郎より花子の助言に従う〈事実〉
c)? 〈事実〉を真摯に受け止めると〈欲求〉に反する信念
をもたざるをえない
?「自分は他人に尊重されていない」〈信念?p〉
d)? 〈欲求〉のままに〈信念p〉と信じると、あらゆる証拠
をその信念に有利なように解釈してしまう→正常な判
断ができなくなる→勘違いによる悲劇を心配
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複雑なケース ー太郎の場合ー	
あくまで〈信念?p〉に屈しない!
e)?〈欲求〉をくじくことなく〈事実〉と整合すること
を信じる(〈事実〉を歪曲しなければよい) 
?「三郎は花子と親密な関係にある」〈信念r〉
f)?「花子は浮気をしていない」〈信念?r〉と矛盾
※動機に裏付けられた〈信念p〉の矛盾を解消するた
めに手持ちの信念〈信念?r〉との矛盾を引き受ける	
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Barnes, Scott-Kakuresとの違い	
n?両者とも一理ある、ただし…
Barnesに対してー
対象となる不安は欲求が実現されないことに
ついてではなく、欲求の赴くままに信じた結
果、正常な判断ができなくなることに対する
不安である
Scott-Kakuresに対してー
信念の誤りではなく、矛盾を引き受けた場合
のコストが比較される
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条件は満たされたか	
①? 板挟み状況を反映しているか
矛盾は依然として残っているので反映されている
②? 自己欺瞞者の価値観を保持しているか
あくまで〈正しい判断を下す〉ことに目的があり、
それ以外の信念は変更されない→価値観の保持
③? 選択性問題への解答
正当な判断への動機を尊重するためにどの信念を矛
盾にさらすかは自己欺瞞者の判断に相対的である
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結論:ネガティブな自己欺瞞とは?	
n?正常かつ公平な判断力を保持する代償として
信念と動機の矛盾を引き受ける
n?二種類の動機:もとの動機と、それにかかわ
る正しい判断をしたいという二階の動機
n?一階の動機より二階の動機がまさったときに
自己欺瞞が生じる
	
25
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【文献】	
Barnes, A. [1997], Seeing Through Self-Deception, Cambridge
University Press.
Bermúdez, J. L. [2000],“Self-Deception, Intentions and
Contradictory Beliefs,” Analysis 60, 309-319.
Davidson, D. [1982], “Deception and Division,” in J. Elster (ed.),
The Multiple Self, Cambridge University Press, 79-92.
Funkhouser, E. [2005],“Do the Self-Deceived Get What They
Want?,” Pacific Philosophical Quarterly 86, 295-312.
Mele, A. [2001],Self-Deception Unmasked, Princeton University
press.
26
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【文献】	
太田雅子[2004], 「自己欺瞞の条件」, 『科学哲学』37-1,15?26.
Pears, D. [1984], Motivated Irrationality, Oxford University
Press.
Scott-Kakures, D. [2000],“Motivated Believing:Wishful and
Unwelcome,” Nous 34-3, 348-375.
Scott-Kakures, D. [2001],“High Anxiety: Barnes on What Moves
the Unwelcome Believer,” Philosophical Psychology 14-3 ,
313-326.
Talbott,W. J. [1995],“Intentional Self-Deception in a Single
Coherent Self,” Philosophy and Phenomenological Research,
27-74.
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ご清聴ありがとうございました
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