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薬理活性を示すタンパク質の
コンピュータを用いた設計
M1 田口 純平
2014/05/02 前期雑誌会
バイオ医薬品
有効成分がタンパク質などの生物由来の物質である医薬品
世界中で3億5000万人の患者の治療に用いられている
高い基質特異性 薬理活性が高く、副作用が少ない
医薬品として働くタンパク質
インスリン
(糖尿病治療薬)
インターフェロン
(抗ウイルス薬)
バイオ医薬品の歴史
インスリンの販売
ウシやブタの膵臓から単離
ヒト由来のインスリン販売
大腸菌や酵母により高品質な薬を大量生産
エリスロポエチン (腎性貧血治療)
G-CSF (がん化学治療)など
1923年
1982年
1990年代
最近では抗体, DNA, RNAを医薬品としての利用
タンパク質に変異を起こすことによる薬理活性の向上
塩基配列の解読、遺伝子組み換え、 PCR法
インスリン
(糖尿病治療薬)
コンピュータによるタンパク質の振る舞いの予測
QM/MM法 (1970年代 M. Levitt, A. Warshel, M. Karplus)
2種類の計算方法 (QM計算とMM計算)を組み合わせ、
タンパク質など複雑な系の振る舞いをシミュレーション
QM:
QM計算
MM計算MM:
量子力学に基づく計算
信頼性の高い結果を与えるが時間かかる
古典力学に基づく計算
計算の精度は落ちるが速い
Computer-Aided Drug Design (CADD)
コンピュータによる計算で
医薬品候補分子を絞り込む
特にバイオ医薬品の開発での貢献が期待される
タミフル
K. N. Houk, D. Bakerら
計算化学に基づいて人工の酵素を設計
2008年 Retro-Aldol酵素、Kemp脱離酵素
2010年 Diels-Alder酵素
コンピュータによる人工タンパク質の設計
Houk, K. N.; Baker. D. et al. Science 2008, 319, 1387–1391.
Houk, K. N.; Baker. D. et al. Nature 2008, 453, 190–195.
Houk, K. N.; Baker. D. et al. Science 2010, 329, 309–313.
天然酵素に比べると活性は低い
“Diels-Alderase”
コンピュータによるワクチンの設計
? コンピュータを用いた全く新しいワクチンの設計法
? 足場タンパクによりエピトープのコンフォメーションを
固定化
Proof of principle for epitope-focused vaccine design
Baker, D. et al. Nature 2014, 507, 201–206.
抗体認識部分
(エピトープ)
足場タンパク ワクチン
+
足場タンパクの
構造を最適化
Backbone graftingによるワクチンの設計
Backbone grafting: 2011年 D. Bakerら
エピトープと足場タンパクの組み合わせることでコンフォ
メーションを固定化
エピトープと足場タンパクの組み合わせをスクリーニング
設計されたタンパク質は抗体を誘導しない
エピトープの構造の更なる精密な再現が必要
Schief, W. R.; Baker, D. Science 2011, 334, 373–376.
比較
ウイルスの一部分 足場タンパクと結合した
エピトープ
抗体
今回用いるエピトープと足場タンパク
エピトープ:
ウイルスのうち、抗体により認識される部分
RSウイルスの既知のエピトープを用いる
足場タンパク:
エピトープのコンフォメーションを安定化
3つのらせんからなるタンパク質を用いる
熱安定性と溶解性が優れている
変異を起こした足場タンパクとエピトープを結合し、
コンフォメーションを忠実に再現するタンパク質を設計する
抗体-エピトープ複合体
足場タンパク
足場タンパクの最適化 Step 1
足場タンパク
エピトープ
変異を起こした足場タンパクとエピトープを結合し、
安定な構造へ折りたたみコンフォメーションを比較する
Step 1
低解像度で計算を行った
コンフォメーションの近さをRMSDにより評価し、
RMSD < 5 ?ならstep2へ
Step 1
低解像度
Step 2
高解像度
RMSD: 理想のコンフォメーションからのずれの指標
エピトープの?炭素の標準偏差 (?)で表現する。
40000通り
足場タンパクの最適化 Step 2
足場タンパク
エピトープ Step 1
低解像度
Step 2
高解像度
40000通り
変異を起こした足場タンパクとエピトープを結合し、
安定な構造へ折りたたみコンフォメーションを比較する
Step 2
より高解像度で計算を行った
表面のアミノ酸は変異を起こさない 溶解性向上
活性中心では疎水性の残基を多く 溶媒の影響低下
8通りのタンパク質がRMSDが1.5~3.0 ?となった
8種類のワクチン候補のin vitro評価による絞り込み
溶液中で
様子a
熱安定性
Tm (℃) b
親和性
koff/kon(pM) c
溶液中での
折りたたみd
FFL-001 monomer 〇(76) 〇 (29.9) 〇
FFL-002 monomer ×(49) △(469.9) ×
FFL-003 合成不可能
FFL-004 monomer 〇(>85) × (795.0) ×
FFL-005 monomer 〇(>100) 〇 (70.3) △
FFL-006 monomer 〇(>85) × (651.9) 〇
FFL-007 monomer 〇(>85) 〇 (94.1) △
FFL-008 合成不可能
aSEC-MALSにより確認。b円偏光により測定。 c表面プラズモン共鳴により測定。
dHSQCスペクトルにより確認。
シミュレーションした構造と結晶構造の比較
シミュレーションした構造は結晶構造と非常に類似
計算の正しさが確認された
FFL-005の結晶構造
FFL-001と抗体の
複合体の結晶構造
抗体
(motavizmab)
(灰色: シミュレーション結果, その他の色: 结晶构造)
サルに対するワクチンとしての働きのin vivo評価
Macaques (マカクザル)に対し免疫反応を確かめた
エピトープと足場タンパクを組み合わせるアプローチ
によりRSウイルスに対するワクチンが設計できた
monomer
ウイルス状
3回の投与で
16匹中7匹が免疫発現。
5回の投与では12/16
コンピュータによるコカイン解毒酵素の設計
? コンピュータを用いてコカイン解毒酵素を設計
? 天然の酵素の変異体を約67000通りスクリーニング
触媒活性、選択性を大幅に向上
A highly ef?cient cocaine-detoxifying enzyme
obtained by computational design
Zhan, C.-G. et al. Nat. Commun. 2014, 5, 3457.
コカイン中毒に対する治療薬の候補
(-)–コカイン
コカイン加水分解酵素
エクゴニン
メチルエステル 安息香酸
+
Madden, J.; Powers, R. Life Sci. 1990, 47, 1109–1114.
高効率なコカイン加水分解酵素はコカイン中毒の治療薬
として有望な候補
向精神作用、依存性
多量摂取による呼吸困難
生体内で不活性
現在、コカイン乱用や中毒に対する認可治療薬はない
BChEの変異によるコカイン加水分解酵素の設計
2002年 S. Brimijoinら
分子動力学計算によりBChEとコカイン
の複合体の構造を計算
その構造を元に2残基を変異させる
活性が10倍に!!
Sun, H.; Pang, Y.-P.; Lockridge, O.; Brimijoin, S. Mol. Pharmacol. 2002, 62, 220–224.
BChE (ブチリルコリンエステラーゼ)
コリンエステル類に加え、コカインも加水分解
事前の服用によりコカインの毒性を抑制する
作用が知られている
しかし薬理活性は低く、医薬品としては不十分
著者のこれまでのアプローチ
予測される遷移状態
触媒の活性は水素結合の強さと相関がある
2005年 C.-G. Zhanら
アミノ酸残基とコカインのカルボニル酸素間の水素結合の
強さの総計 (????)を大きくする
約70000通りの変異体を検討
活性が500倍に!!
Zhan, C.-G. et al., Proc. Acad. Sci. USA 2005, 67, 16656–16661.
スクリーニングするライブラリの設定
初期値
ヒトBChEタンパク質の以下の変異体
Ala199Ser/Ser287Gly/Ala328Trp/Tyr332Gly
初めの座標はX線結晶構造解析に基づくコンフォメーション
計算条件: AMBER9
活性中心の20?以内において1~3個程度の変異を起こす
約67000種類の変異体をスクリーニング
?HBE ∝
1
R ?
9
  ??: H ? O間距離
?
E30-6タンパク質が最も良い結果を与えた
Ala199Ser/Phe227Ala/Pro285Ala/Ser287Gly/Ala328Trp/Tyr332Gly
経験式
QM/MM法による反応機構の確認
Hisからエステル結合の
酸素へプロトン移動
結合の開裂
Serからの求核攻撃
SerからHisへプロトン移動
QM/MM (B3LYP/6-31G*:AMBER)で構造最適化、MP2/6-31+G*:AMBERでエネルギー計算
球棒モデル部分をQM, それ以外をMMで計算、緑: C, 赤: O, 青: N, 白: H, 距離は?
シミュレーションの初期条件は妥当であった
acylation deacylation
中間体1 中間体2 中間体3
律速段階
律速であるアシル化段階についてQM/MM計算を行った
コカイン加水分解活性のin vitro評価
E30-6は高活性かつ高い選択性でコカインを加水分解する
酵素 基質
ミカエリス定数
KM (?M)
反応速度定数
kcat (min-1)
特異度定数
kcat/KM(min-1 M-1)
E30-6 (-)-cocaine 3.7 14,600 4.0×109
E30-6 Ach 6.2 14,100 1.6×108
BChE (-)-cocaine 4.5 4 9.1×105
AChE AChE 90.0 702,000 7.8×109
Brimijoin, S. et al. Mol. Pharmacol. 2002, 62, 220–224.
アセチルコリン(神経伝達物質)を加水分解
触媒活性が非常に高く、基質拡散が律速
アセチルコリンエステラーゼ (AChE)
(Ach: アセチルコリン、特異度定数kcat/KM: 酵素が基質を変換する効率の指標)
マウスに対するコカイン解毒作用のin vivo評価
酵素投与の1分後に
致死量のコカイン投与
少ない服用量で高い薬理活性
酵素 (3 mg kg-1)投与の1日後に
致死量のコカイン投与
高い薬理活性が保たれている
0
20
40
60
80
100
0.00 0.10 0.15
致死性(%)
投与量(mg kg-1)
0
20
40
60
80
100
24 h 48 h 72 h
致死性(%)
コカイン投与までの時間
コカイン乱用者に対する治療薬としての可能性
(6匹のマウスに対し、E30-6を静脈注射により投与した後、(-)-コカイン180 mg kg-1を腹腔内投与)
まとめ
?計算によりRSVワクチンを開発
?エピトープを固定する足場タンパク
を最適化する方法論
?様々なワクチンが開発できる可能性
+
?計算によりコカイン分解酵素を設計
?天然の酵素に匹敵する触媒活性
?コカイン中毒治療薬としての可能性
アミノ酸一覧
ELISA法
医学生物学研究所HP: http://ivd.mbl.co.jp/measurement/index.html
ELISA (Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay)
微量なタンパク質を高い特異性で定量する方法。
抗体を固定した定量したい抗原と標識された抗原を加え、
吸着された標識の応答から抗原を定量する。
2002年 S. Brimijoinらの試み
Tyr332の立体障害 & ? ? ?相互作用により回転できない
立体障害がなくなり、Trp328によりカチオン-?相互作用
kcat/KMが4.6×105から8.6×106へ向上
Tyr332→Ala332
Ala328→Trp328
LINK, EDIT, PARM, and SANDER module of AMBER 5.0.
Sun, H.; Pang, Y.-P.; Lockridge, O.; Brimijoin, S. Mol. Pharmacol. 2002, 62, 220–224.
最高の性質を与えた変異の解釈
アラニンがセリンとなることで水素結合が1つ増加
上記以外の全てに共通する変異
水素結合を間接的に強化する変異
A199S
スクリーニングするライブラリの構築
著者曰く
注意深いライブラリを構築することによりvirtualには可能
性のある変異体のすべてを検討した
とコメント
A199S / S287G/A328W/Y332G からスクリーニングを開
始
A199Sは水素結合部位を増やす働き
A328W/Y332Gは2002年にS. Brimijoinらが分子動力学か
ら行った変異と類似(実際はA328W/Y332A)
コカインの結合部位から20 ?以内の残基に1~3つの変異
→合計5~8つの残基に変異
BChE以外からのコカイン解毒酵素開発アプローチ
?微生物由来の酵素
2000年 Breslerら
Rhodococcus sp. (コカノキに生息するバクテリア)の酵素
コカインを唯一の炭素源、エネルギー源として用いる
体内での半減期が15分と短い
人由来でない酵素は免疫作用により分解、抗体の生成
?コカインに対する抗体
2005年 Carreraら
BChEのよりkcatが10倍、親和性Kmが5倍の抗体を報告
抗体が触媒的に作用しない
1990年代から取り組まれているがどの報告も
天然のBChEより薬理活性が低い
Brimijoin, S. et al. Neuropsychopharmacology 2008, 33, 2715–2725.
コカインの代謝生成物の動脈収縮効果の比較
benzoylecgonine
ecgonine methyl ester
ecgonine
norcocaine
cocaine
コカイン代謝物の濃度 (M)
動脈の直径変化(%)
エクゴニンメチルエステル
が最も毒性が低い
計算結果と反応速度の相関関係
0
20
40
60
80
100
6.8 7.0 7.2 7.4
相対反応速度
水素結合の強さ Σ(1/R)^9 / 10^3
?HBE ∝
1
R ?
9
? と反応速度には相関が見られた。
(r = 0.786)
直線関係からのずれる主な原因はSer-His-Asp の
並びが直線的でなくなるから?
コカイン中毒の治療薬の発見が難しい理由
? 神経伝達物質の再摂取が阻害される
→報酬経路の刺激過剰による依存
これが高濃度の場合、中枢神経や心臓血管など受容
体と相互作用し、毒性が誘発される。
このような複数の作用機構の結果、コカインの強化作用
と毒性作用の両方を治療する選択的な拮抗薬を見つける
のは困難である。
? コカインと受容体との拮抗薬は、コカイン同様に有害
な作用を起こす傾向にある。
Words
? BLAST-E value
遺伝子配列の類似度の一般的な指標
祖先が共通しているかの判断などに用いられる
表面プラズモン共鳴 (SPR)
タンパク質結合能の迅速、かつ高効率なスクリーニング法
ヒト血清アルブミンをセンサーチップへ固定化
???
D. Bakerらによる人工酵素の設計
Kemp elimination
炭素からのプロトン移動のモデル反応
高い活性障壁を有することが知られている。
ソフトウェア
Retro-Aldol反応 kcat/KM = 45 min-1 M-1, TON > 20
Kemp elimination反応 kcat/KM = 1.6×105 min-1 M-1,
TON > 1000
Diels-Alder反応TON kcat/KM = 27 min-1 M-1,
TON = 30
stereoselective, bimolecular
計算
この値を最大とするように設計
計算方法: 分子動力学
BChEの5~7残基に変異が起きた
mutant(約70000種類)についてtHBEが大
きいmutantを探す
計算方法
分子力学法 ()
水素結合の強さの計算値
タンパク質の活性中心付近のアミノ酸を中
心に変異を起こしてスクリーニング
水素結合の数の増減を考慮しない
水素結合の角度を考慮しない
特異度定数 kcat/KMについて
特異度定数 kcat/KM
酵素の反応 E + S ? ES → Pについて
kcat: 反応速度定数 ? = ?cat[??]
KM: ミカエリス定数 (親和性の低さの指標)
? =
?max [S]
?M + [S]
?M ≈
E S
ES
よって
? =
? ???
? ?
? ?
したがって
特異度定数 = 酵素が基質を変換する効率
kcat/KMは酵素や基質の大きさの影響をほぼ受けない

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