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COVID-19は認知症の
新たな危険因子か?
―病態機序から―
下畑 享良
岐阜大学大学院医学系研究科
脳神経内科学分野
本講演に関するCOIはございません.
急性期
神経合併症
の病態機序
neuro-
PASCの
病態機序
神経筋症状の頻度と種類
? 神経筋症状の頻度に関しては,2020年に複数の大規模な報告
がなされ,36.4%~57.4%と高頻度にみられる(SARS-CoV-2ウイ
ルスは脳や神経に親和性が高い).
? 具体的には,めまい,頭痛,筋障害,嗅覚?味覚障害等がある.
? 重症患者では,脳血管障害,脳炎?脳症などの神経合併症を
呈しうる.
Mao et al. JAMA Neurol 2020
Romero-Sánchez et al. Neurology 2020
Moro et al. Eur J Neurol 2020
神経合併症は年齢により異なる Brain. 2022 Sep 10:awac332.
doi: 10.1093/brain/awac332.
? 2020年1月~2021年5月まで,世界1507施設で行われた前向き観察研究.
対象は入院し,神経症状?合併症を呈した成人15万8267人,小児2972人.
? 成人では脳卒中リスクが上昇し,小児では中枢神経系感染症/痙攣が多い
(小児の脳も影響をうける).
年齢
脳卒中
痙攣
中枢神経感染症
神経合併症は
死亡リスクが高い.
JAMA Netw Open. 2021;4(5):e2112131.
(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2021.12
131)
? 「COVID-19の神経症状に関するグローバルコンソーシアム研究
(GCS-NeuroCOVID)」および「欧州神経学会Neuro-COVIDレジス
トリ(ENERGY)」という2大コホートからの2021年の報告.
? 多い神経合併症は,急性脳症(49%),昏睡(17%),脳卒中
(6%)で,死亡と関連した(オッズ比,5.99).
神経合併症はデキサメサゾンと
抗ウイルス薬で減少する Ann Neurol. 19 October 2022
https://doi.org/10.1002/ana.26536
? 英国にて2020年1月から2021年6月の間に入院した18歳以上の
89,297人の患者(重症が64,088人)
? 重症患者ではデキサメタゾン,レムデシビル,および併用療法は,
神経合併症の頻度低下と関連した(OR=0.76,0.69,0.54).
? COVID-19に神経合併症を認める場合,予後不良と
なりうるため,慎重な経過観察が必要である.
? 神経合併症にはステロイドと抗ウイルス薬が有効な
病態(=神経炎症とウイルス感染)が関わる.
小括1
急性期の神経症状?合併症が
生じるメカニズム
① ウイルスの脳への直接感染
② 血管への感染
③ 血液脳関門の破綻
④ 血栓形成
⑤ 自己抗体
①ウイルスの脳への直接感染
Lancet Neurol. Oct 5, 2020
(doi.org/10.1016/S1474-4422
(20)30308-2)
? COVID-19 43名(51~94歳)の脳病理解剖の検討.
? ウイルス蛋白質は脳幹,下部脳幹に由来する脳神経で陽性.
脳オルガノイド
マウス?モデル
ヒト剖検脳
脳への感染能力が
複数の方法により確認された J Exp Med (2021) 218
(3): e20202135.
SARS-CoV-2ウイルスの
神経向性(neurotropism)
ウイルスの中枢神経への直接感染への批判
① 動物モデルは人工的なものであり,必ずしもヒト
のおける病態を反映していない可能性がある.
② 大部分のヒト患者脳のウイルスRNAレベルは,
鼻腔に比べてはるかに低い.
③ ACE2の中枢神経発現は実は乏しい.
Brain. April 15, 2021
(doi.org/10.1093/brain/awab148)
Front Neurol. 2021 Jan 20;11:573095
ACE2は側脳室脈絡叢や嗅球等を除き,
ほぼ発現していない Front Neurol. 2021 Jan 20;11:573095
? 3つの感染ルートが
想定される.
? なぜACE2を欠く中枢
神経の症状が出る?
ACE2陰性細胞への感染は
細胞膜ナノチューブを使う Sci Adv. Jul 20, 2022
(doi.org/10.1126/sciadv.abo017)
ACE2を欠く神経細胞
(SH-SY5Y細胞)
ACE2を発現する上皮細胞
(Vero E6細胞)
細胞膜
ナノチューブ
ウイルス粒子
②ウイルスの血管への感染
血管内皮に認めた
ウイルス蛋白
(延髄,橋)
Nat Neurosci. Nov 30, 2020
(doi.org/10.1038/s41593-020-
00758-5)
血管の炎症と
ACE2の発現
Neuropathol Appl Neurobiol. Nov 29,
2020.(doi.org/10.1111/nan.12677)
③血液脳関門の破綻
血管内皮細胞 毛細血管管腔
周皮細胞
サイトカイン
自己抗体
ウイルス
血管内 BBB破綻マーカーS100Bの
一過性上昇(ヒト血清)
Nat Med. July 9, 2021.
(doi.org/10.1038/s41591-021-01443-1)
Eur J Neurol. 2021 28:248-258.
COVID-19剖検脳での
血液脳関門の構造変化 Eur J Neurol. 02 September 2022
(doi.org/10.1111/ene.15545)
血管基底膜の不規則性,血管内皮密着結合の消失,
アストロサイト足突起の減少,AQP4の減少
④血栓形成
補体活性化に伴う内皮細胞障害
Brain, awac151, July 5, 2022
(doi.org/10.1093/brain/awac151)
9例の剖検の検討で内皮細胞と凝集血小板に補体の古典経路の
活性化を伴う免疫複合体が確認された.
補体活性化 → 内皮障害?血小板凝集 → 炎症?グリア活性化
?自己抗体
重症の神経合併症を呈した患者CSFによるマウス脳切片の染色
嗅球 中血管
プルキンエ細胞 海馬
グリア
リミタンス
神経細胞 核周辺抗原
核小体
Brain Behav Immun. 2021 Mar;93:415-419.
? ICU入室患者の検討で,3つの標的抗原が最近同定された.disabled homolog 1
(DAB1),apoptosis-inducing-factor-1(AIFM1),surfeit-locus-protein-1(SURF1).
EBioMedicine. 2022 Sep;83:104211.
? 急性期神経合併症の病態機序として,ウイルスの中枢
神経や血管への感染,血液脳関門の破綻,血栓形成,
自己抗体の関与が推測される.
小括2
急性期
神経合併症
の病態機序
neuro-
PASCの
病態機序
Neuro-PASC の4分類(暫定) Brain. Aug 16, 2021.
(doi.org/10.1093/brain/awab302)
①認知?気分?睡眠障害
②自律神経異常症
③疼痛症候群
④運動不耐(疲労)
COVID-19関連の認知障害
ー注目した臨床研究ー
感染1年後のアルツハイマー病の
リスクはハザード比 2.03と高い
Nat Med. 2022 Sep 22.
(doi.org/10.1038/s41591-022-
02001-z)
米国退役軍人省データベース
COVID-19患者 15万4068人
健常対照 563万8795人
歴史的対照 585万9621人
12ヵ月後におけるハザード比
全神経学的後遺症 1.42
認知?記憶障害 1.77
アルツハイマー病 2.03
持続的な嗅覚障害は
認知症の予測因子である
?アルゼンチンにてMHRより成人766名(55?95歳)を抽出し,
1年間,前向きに追跡した(感染者88.4%,対照11.6%).
?持続的嗅覚障害は感染者の40%であったが,3か月過ぎて
持続する場合,認知機能障害がおよそ1.5倍高くなること
が示された.
AAIC 2022 (Alzheimer’s
Association International
Conference)
COVID-19関連の認知障害
ー注目した画像研究ー
感染4か月半後,感染者では眼窩前頭
皮質などに器質的な変化が生じている.
Nature march 7, 2022
(doi.org/10.1038/s41586
-022-04569-5)
? UK Biobankに登録された51~81歳で,
感染前後の頭部MRI検査を比較した
? 感染者401名と対照384名.
(i) 眼窩前頭皮質*,および海馬傍回の
灰白質厚および組織コントラストの
大幅な減少
(ii) 全脳サイズの大幅な減少
(iii) 対照より顕著な認知機能低下
(iv) これらの変化は,入院患者15名を
除いても確認された.
対照
感染者
*味覚?嗅覚を含む感覚,情動,意思決定,ストレス耐性
感染から11カ月後に脳の構造的?
機能的異常が持続している
Brain, awac384,
https://doi.org/10.1093/br
ain/awac384
眼窩前頭皮質と小脳領域間,そして
左右の海馬傍領域間の低結合性
灰白質体積の減少(皮質,辺縁系,小脳
領域),認知機能障害と有意な関連
Long COVID 86名と対照36名 全脳機能的結合解析とVoxel-based morphometry
入院患者でより顕著.ワクチン接種の有無との関連はなし
眼窩前頭皮質では組織損傷と
主にアストロサイトに感染を認める
Proc Natl Acad Sci U S A.
2022 Aug
30;119(35):e2200960119
(doi.org/10.1073/pnas.22
00960119)
? ワシントン大学の報告.
COVID-19で死亡した26人から採取
した眼窩前頭領域*の脳組織で,
5人に組織傷害を認め, 全例でウイ
ルス遺伝物質を認めた.
? 全細胞の37%がスパイク蛋白陽性,
特にアストロサイトに多かった.
マカクザルの感染実験で老齢ザルでは
感染が嗅球から眼窩前頭皮質に及ぶ
Cell Reports. Oct 12, 2022
(doi.org/10.1016/j.celrep.
2022.111573)
若年
老齢
高解像度顕微鏡
ヒト剖検例の検索で
嗅神経軸索は損傷している
JAMA Neurol. April 11, 2022.
(doi.org/10.1001/jamaneurol.
2022.0154)
嗅覚伝導路の異常信号は
パンデミック当初から報告されていた①
25歳放射線技師,無嗅症発症1日後のMRI所見
ウイルスの嗅球と直回への侵入
JAMA Neurol. May 29, 2020
(doi:10.1001/jamaneurol.2020.2125)
Neurology 2021, 96; e645-e646
96歳女性
発熱と全身けいれんにて入
院.入院2日前から,嗅覚
消失,意識障害,行動異常.
1.直回
2.前帯状回
3.第一前頭回極部
4.梨状皮質
5.扁桃体
6.前部海馬
FLAIR 造影効果なし
DWI ADC
嗅覚伝導路の異常信号は
パンデミック当初から報告されていた②
? COVID-19は認知症,アルツハイマー病の危険因子であること
を認識し,国民に周知する必要がある.
? 認知症発症の危険因子として持続的な嗅覚障害がある.
? 神経後遺症の機序して,SARS-CoV-2ウイルスが嗅覚伝導路
を伝播した結果生じる眼窩前頭皮質等の障害が注目される.
小括3
COVID-19関連の認知障害
ー注目した病態研究ー
4つの病態仮説
(2022年4月) Nat Med. 2022;28:911-923
(doi.org/10.1038/s41591-022-01810-6)
ウイルススパイク蛋白が感染1年後の血漿に認められる
急性COVIDのみ 26名
Long COVID 37名
月 月 月
驚くべきことに,SARS-CoV-2陽性診断から数ヶ月後でも,PASC患者のほぼ65%で
S,S1,Nのいずれかが検出された(Sは60%で検出)
S1サブユニット スパイク蛋白(S) ヌクレオカプシド(N)
medRxiv. June 16, 2022
(doi.org/10.1101/2022.06.14.222
76401)
軽度の呼吸器感染でもミクログリア活性化や
海馬の神経新生を障害する. Cell. June 16, 2022
(doi.org/10.1016/j.cell.2022.06.008)
マウス?ヒト軽度の呼吸器感染
ケモカインCCL11(エオタキシン)を含む
若年マウスに老齢マウスの血漿を暴露させると
認知機能障害をきたす(Nature 477,
90–94, 2011)
神経炎症
ケモカインCCL11(エオタキシン)を含む
若年マウスに老齢マウスの血漿を暴露させると
認知機能障害をきたす(Nature 477,
90–94, 2011)
神経炎症
神経新生の障害
髄鞘化の障害
マウス?ヒト軽度の呼吸器感染
軽度の呼吸器感染でもミクログリア活性化や
海馬の神経新生を障害する. Cell. June 16, 2022
(doi.org/10.1016/j.cell.2022.06.008)
SARS-CoV-2ウイルスが脳血管に影響を及ぼす機序
サイトカインの重要性を示唆する
感染ハムスター?ヒト剖検脳研究
サイトカイン発現
→ 血液脳関門破綻(IFNγおよびIL-6)
→ サイトカインや免疫細胞の脳への侵入
→ ミクログリア活性化
海馬の神経新生抑制(IL-1βとIL-6)
→ ブレインフォグ?認知症など神経?精神症状
Soung AL, et al. Brain, 2022;, awac270
(doi.org/10.1093/brain/awac270)
網羅的バイオマーカー検索で
血清コルチゾールの半減が見出される medRxiv. Aug 10, 2022.
(doi.org/10.1101/2022.08.09.22278592)
Long COVID 患者99名を含む215名の横断研究
血清コルチゾール以外にわかった
Long COVID群の特徴 medRxiv. Aug 10, 2022.
(doi.org/10.1101/2022.08.09.22278592)
? 特定の骨髄球およびリンパ球の集団に顕著な違いがある
? SARS-CoV-2ウイルス以外のウイルス,とくにEpstein-Barr
ウイルスに対する抗体反応の予想外の増加がある
? 自己抗体については有意な差はなし
持続性抗原の存在(持続感染),潜在性ウイルスの再活性化,
慢性炎症の関与が病態として重要と考えられている.
ADリスク増加はサイトカインが
神経変性を促進する可能性がある Transl Neurodegener.
2022 Sep 11;11(1):40
炎症性サイトカイン
(IL1β,IL6,TNFa)
ミクログリア
活性化
アストロ
サイト
活性化
ACE2受容体への結合と発現抑制
Aβ,タウ凝集 神経変性
Angiotensin II
Ang II type 1 R
Angiotensin-(1-7)
Mas receptor
ほかにも
ApoE4アリルが神経
炎症を増強する
ADの海馬?側頭葉で
ACE2発現が増加し,
ウイルスとの結合を
増強する等,指摘さ
れている.
Brain Sci. 2022;12:1405
SARS-CoV-2ウイルス自体が
アミロイドを形成する可能性がある Nat Commun. 2022;13:3387.
構造予測ソフトから見出した
RNYIAQVD配列(ORF-6)とILLIIM配列
(ORF-10)がアミロイドを形成した.
神経細胞生存アッセイにて, これらを
培地に混入すると,ORF-6は高度の,
ORF-10は中等度のアポトーシスを
誘導した.
ただしアミロイドが in vivo で生成され
るデータはまだない
SARS-C0V-2ウイルス
COVID-19関連の認知障害
ー注目の治療研究ー
ウイルスの持続感染の機序を解明し,臨床試験を
取り仕切る国際組織 LCRI が発足した
? 「ウイルス持続感染が long COVID の原因」という仮説を検証する.
? とくにウイルスが潜む reservoir (例.HZV;感覚神経節,CMV;
マクロファージ,EBV;B細胞)を明らかにすること,病態に基づく
治療薬を開発することが目的である.
https://lc19.org/
Reservoir 候補が報告され始めている
口腔内バイオフィルムとリンパ組織
? ICU患者は,歯周病状態や全身的なウイルス量に関係なく,歯肉縁上およ
び歯肉縁下のバイオフィルム(歯垢)にSARS-CoV-2 RNAを保有していた.
Gomes SC, et al. J Periodontol. 2022;93:1476-1485.
? 扁桃摘出術を受けた48名の小児を調査(2020年10月~2021年9月),
扁桃組織,アデノイド,鼻腔洗浄液サンプルにおいて12人(25%)にSARS-
CoV-2ゲノムを検出(扁桃腺20%,アデノイド16.3%).CD123+樹状細胞に
最も多く感染を認めた.リンパ組織が reservoirとなり,伝播に重要な
役割を果たす可能性がある.
Braz J Otorhinolaryngol. 2022;88:9. doi: 10.1016/j.bjorl.2022.10.016.
Long COVID
神経症状に対する臨床試験
Nature. 2022 Aug;608(7922): 258-
260(doi.org/10.1038/d41586-022-
02140-w)を一部改変
? 抗ウイルス剤
(モルヌピラビル,ニルマトルビル+リトナビル,レムデシビル)
? COVID-19ワクチン
? コルヒチン,ステロイド(コルチゾール),シロリムス
? 抗ヒスタミン薬(ファモチジン,ロラタジン)
? RSLV-132(RNase-Fc fusion protein;血中を循環するRNAを除去)
? 抗うつ剤(ボルチオキセチン)
? 抗凝固薬カクテル
? 高圧酸素療法(小規模ながらRCTで効果確認)
? 病態として,reservoir と持続性抗原の存在,潜在性ウイルスの
再活性化,サイトカインによる神経炎症?神経新生の抑制などが
注目されている.
? もとから存在したAD病理をCOVID-19が促進する可能性がある.
? 現在複数の臨床試験が進行中であるが,とくに抗ウイルス剤や
コルチゾール補充が有効かが注目される.
ご清聴,どうもありがとうございました!
小括4

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