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アクセシブルなデジタル教科書の在り方について
-デジタル教科書の法定化と今後の課題-
About the way of accessible digital textbooks.
Legalization of digital textbooks and future issues.
井上 芳郎 Yoshiro INOUE
埼玉県立飯能南高等学校 Hannou-minami Highschool, Saitama, Japan.
【要旨】 学校教育法などの改正により「デジタル教科書」の法定化が実現した。しかし残され
た課題も多く、ここでは「合理的配慮」提供のための「基礎的環境整備」の観点から検討を加え、
今後のアクセシブルな「デジタル教科書」の在り方について、いくつかの具体的な提言をしたい。
【キーワード】 デジタル教科書 合理的配慮 公共調達 アクセシビリティ DAISY
1. はじめに
2018 年 7 月 22 日に閉会した第 196 国
会において、「著作権法の一部改正案」と
「学校教育法等の一部改正案」が可決さ
れた。これにより紙形式でしか使用を認
められてこなかった文科省検定教科書は、
一定の要件を満たすことで、デジタル形
式のものも認められることとなった。つ
まり「デジタル教科書」の「法定化」が
なされたものといえる。後述するように
今後に残された課題は少なくないが、紙
形式の教科書での学習に困難のある児童
生徒にとっては朗報といえるだろう。
2. 「デジタル教科書」の段階的導入
今国会での政府答弁では、「教科用図書
の内容を文科大臣の定めるところにより
記録した電磁的記録である教材」として、
「デジタル教科書」を規定している。「デ
ジタル教科書の位置付けに関する検討会
議」の結果を受け「デジタル教科書の使
用による効果と影響についてプラス、マ
イナス両面があり」、さらに「デジタル教
科書の使用と学力の関係は現段階では一
概的に説明できない」ことなどから、「段
階的にその導入を進め」ていくなかで、
今後有識者らの検討会により「教育上の
効果影響等を把握検証しその成果を踏ま
えながら検討する」こととしている。
義務教育での「デジタル教科書」無償
給与については「紙の教科書のみを使用
する児童生徒等の公平性の観点等を考
え」、「無償措置の対象とすることは現時
点では考えていない」とし、さらに閲覧
用の端末などについては、「基本的には学
校所有の教具として整備されたものを使
用することが想定」されており、仮に個
人使用の場合の保護者負担については、
「各自治体において設置者として適切に
御判断をいただく」としている。
3. 障害のある児童生徒への導入
同政府答弁では「デジタル教科書の使
用形態については省令で定め」、「自治体
や(学校)設置者の権限」と「裁量」に
より「教育課程の一部において使用でき
るというのが基本」だが、「障害のある児
童生徒等について、必要がある場合には
教育課程の全部においてデジタル教科書
を使用できる」こととなった。しかしそ
の場合でも、「デジタル教科書を無償措置
の対象とすることは現時点では考えてい
ない」とのことである。そして「ボラン
ティア団体の御協力をいただき」、「調査
研究の成果として DAISY 教材等」を「無
償提供しており」、これを「引き続き継続」
する予定であるとしている。
4. 法定化後に残された課題
ここでは「合理的配慮」提供のための
「基礎的環境整備」の観点から、今後に
残された課題について指摘する。
そもそも検定教科書はその使用が義務
づけられていることから、必要とする全
ての児童生徒に対してアクセシブルな形
式で提供されるべきものである。このよ
うな教育の機会均等の確保に係る課題は、
解決すべき喫緊のものといえる。
しかし障害のある児童生徒への導入に
ついても、「無償措置の対象とする」こと
は考えていないとの政府見解である。ま
た閲覧用端末の保護者負担についても
「各自治体において設置者として適切に
御判断をいただく」との見解であり、自
治体の財政状況等によっては負担の可能
性が排除されないことも予想され、教育
の機会均等の観点から憂慮される。本来
ならいずれも「合理的配慮」提供のため
の「基礎的環境整備」の一環として、国
の責務で手当されるべきものである。
DAISY 教科書の利用者数は 2017 年度
末で 8,000 名を超え、前年比では約 1.7
倍となっている。しかしいまだにボラン
ティア団体製作による無償提供に頼らざ
るを得ないのが実情である。政府答弁で
はあくまでも「調査研究の成果として、
DAISY 教材等の音声教材等を無償提供」
として、「引き続き継続」していくとの意
向だが、このような状態がいつまでも続
いて良いはずはない。
5. まとめに代えた提言
2018 年 6 月 30 日付けで DAISY 教科
書製作ボランティア団体から、文科大臣
宛の要望書が提出された。ここではその
要望事項を紹介し提言に代えたい。
① 「障害のある児童及び生徒のための
『教科用特定図書』等の無償給与実施
要領」の見直しを行い、DAISY 教科
書も拡大教科書や点字教科書と同様
に、国による財政措置においてすべて
無償給与とすること。
② 「教科書バリアフリー法」の趣旨に則
り、教科書会社自らによる DAISY 教
科書等の発行を奨励するための国に
よる財政措置を実施すること。
③ 教科書会社自らが DAISY 教科書を製
作できない場合は、教科書会社以外の
製作団体が国からの委託を受け製作
できるようにすること。
2018 年 6 月 15 日に参議院議員会館で
日本 DAISY コンソーシアムなどの主催
による「勉強会」が開催された。ここで
は第 4 次障害者基本計画で示された「公
共調達にアクセシビティの要件を加える」
という方針により、出版物のアクセシビ
リティの推進をはかる施策の必要性につ
いて提起された。これはすでに米国など
で実施され、一定の成果を上げている。
文科省検定教科書は民間の教科書会社
が製作し、それを国の財政措置により調
達し児童生徒へ無償給与されるものであ
るところから、この方針を早急に具体化
するための施策が望まれる。
【資料】最終アクセス:2018 年 7 月 30 日
第 196 国会衆議院文部科学委員会議事録
第 196 国会参議院文教科学委員会議事録
DAISY 教科書製作団体の要望書
http://bit.ly/2K6ePvO(短縮 URL)
日本 DAISY コンソーシアム主催勉強会
http://bit.ly/2K3ny24(短縮 URL)
第 4 次障害者基本計画
http://bit.ly/2v0rn3n(短縮 URL)

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  • 2. 研究の成果として DAISY 教材等」を「無 償提供しており」、これを「引き続き継続」 する予定であるとしている。 4. 法定化後に残された課題 ここでは「合理的配慮」提供のための 「基礎的環境整備」の観点から、今後に 残された課題について指摘する。 そもそも検定教科書はその使用が義務 づけられていることから、必要とする全 ての児童生徒に対してアクセシブルな形 式で提供されるべきものである。このよ うな教育の機会均等の確保に係る課題は、 解決すべき喫緊のものといえる。 しかし障害のある児童生徒への導入に ついても、「無償措置の対象とする」こと は考えていないとの政府見解である。ま た閲覧用端末の保護者負担についても 「各自治体において設置者として適切に 御判断をいただく」との見解であり、自 治体の財政状況等によっては負担の可能 性が排除されないことも予想され、教育 の機会均等の観点から憂慮される。本来 ならいずれも「合理的配慮」提供のため の「基礎的環境整備」の一環として、国 の責務で手当されるべきものである。 DAISY 教科書の利用者数は 2017 年度 末で 8,000 名を超え、前年比では約 1.7 倍となっている。しかしいまだにボラン ティア団体製作による無償提供に頼らざ るを得ないのが実情である。政府答弁で はあくまでも「調査研究の成果として、 DAISY 教材等の音声教材等を無償提供」 として、「引き続き継続」していくとの意 向だが、このような状態がいつまでも続 いて良いはずはない。 5. まとめに代えた提言 2018 年 6 月 30 日付けで DAISY 教科 書製作ボランティア団体から、文科大臣 宛の要望書が提出された。ここではその 要望事項を紹介し提言に代えたい。 ① 「障害のある児童及び生徒のための 『教科用特定図書』等の無償給与実施 要領」の見直しを行い、DAISY 教科 書も拡大教科書や点字教科書と同様 に、国による財政措置においてすべて 無償給与とすること。 ② 「教科書バリアフリー法」の趣旨に則 り、教科書会社自らによる DAISY 教 科書等の発行を奨励するための国に よる財政措置を実施すること。 ③ 教科書会社自らが DAISY 教科書を製 作できない場合は、教科書会社以外の 製作団体が国からの委託を受け製作 できるようにすること。 2018 年 6 月 15 日に参議院議員会館で 日本 DAISY コンソーシアムなどの主催 による「勉強会」が開催された。ここで は第 4 次障害者基本計画で示された「公 共調達にアクセシビティの要件を加える」 という方針により、出版物のアクセシビ リティの推進をはかる施策の必要性につ いて提起された。これはすでに米国など で実施され、一定の成果を上げている。 文科省検定教科書は民間の教科書会社 が製作し、それを国の財政措置により調 達し児童生徒へ無償給与されるものであ るところから、この方針を早急に具体化 するための施策が望まれる。 【資料】最終アクセス:2018 年 7 月 30 日 第 196 国会衆議院文部科学委員会議事録 第 196 国会参議院文教科学委員会議事録 DAISY 教科書製作団体の要望書 http://bit.ly/2K6ePvO(短縮 URL) 日本 DAISY コンソーシアム主催勉強会 http://bit.ly/2K3ny24(短縮 URL) 第 4 次障害者基本計画 http://bit.ly/2v0rn3n(短縮 URL)