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R o u n d T a b l e
“History, Place Making,
Public-Private Partnership”
Makoto Takata
高 田 真
都市プランナー
アーキウォーク広島 代表
自己绍介
今回プロジェクトのミッション
考えるヒントとなる話題の提供
① エリアの形成史
② プレイスメイキング
③ 公民連携
お話しする内容に“ひねり”はありません。
全て直球ど真ん中です。
自己绍介
Presentation by Makoto Takata @ TWS Round Table(3/24)
■広島市出身、東京在住。
■広島の建物の魅力をアピールする市民団体
「アーキウォーク広島」を立上げ、活動6年目。
活動①:各地の建物見学会の開催
活動②:建築ガイドブックの出版
著書「アーキマップ広島」
市内の主要書店で販売中!
■アーキウォーク広島のミッション(使命)
? 建物を紹介して広島を活性化する。
今回プロジェクトのミッション
JRの電車を降りてから
フェリーに乗るまで
どのような空間体験を
するか?
うーん…。
覚えてません…。
记忆をたどってみると…
混んでるなぁ。
駅を出て…。
駅から港が近いことが視覚的に分かるのは良い。
でも、せっかく軸線を通しているのに、
その先に肝心の海と島が見えない。
地下道通って…。
松大汽船にしますか…。
それにしても人が多い。
ここまで来ても海が見えずテンションが上がらない。
店舗もただの土産物屋で工夫が無く、買いたいモノ
がない。人は一方向に流れるのみで、滞留する人は
皆無。地元民はただ流れていくだけの観光客と交流
するわけもなく、煙たがりそう。
キップ買って、桟橋へ…。
桟橋の手前まで来ても、海と島への眺望を妨害。
もはや嫌がらせとしか思えない。
おお、宮島だ~。
\(^o^)/
駅を降りてから
フェリーに乗るまでの
記憶がないのです。
この間の消費はフェリー
チケットだけ。地元に
落ちたお金はゼロ。
北口側の住宅地は完全に駐車場に
占領されています。
この无秩序な驻车场はさすがに异常
■観光客
…お金はあるけど使う場がない。満足度低し。
■土産物屋
…経営努力せずともそこそこ売れる現状に安住。
■行政
…整備と維持にコストがかかるがしょうがない。
■地元住民
…慢性的な混雑やあふれる駐車場にうんざり。
地元が使える施設がない。
■交通事業者(広電?JR?フェリー)
…もう十分儲かってる。
交通事業者を除く誰もが我慢を強いられたり、損をした
りしている。旧来の観光地的発想から抜けていない。
■観光客
…この地で時間とお金を使う。満足度高し。
■土産物屋
…経営努力に応じて大きく収益アップ。
■行政
…整備と維持のコストを大幅圧縮。
■地元住民
…地元も使える場で外部の人々と交流。
■交通事業者(広電?JR?フェリー)
…あいかわらず儲ける。
いわゆるWin-Win状態に持ち込むことを狙う。
あれだけの観光客数があって、できないはずがない!
今回のプロジェクトのミッションは結構シンプル。
観光客のサイフが大きいので迷いなく組める。
■外部から来る観光客をスムーズに流すとともに、厳
島を見せ、滞留させ、お金を使わせる。収益は地域に
再投資することで、空間の質を高め、多言語コンシェ
ルジュを雇い、さらに行政の管理費負担をゼロにする。
(余剰金が出れば納税する)
■あわせて、地元に足りない公園的空間を確保し、地
域社会と外部との交流の場を形成する。(地元に我慢
を強いるだけの計画とはしない)
■できれば、地域全体をBID化してお金を回す仕組
みも組み立てられるとよい。
考えるヒントとなる話題の提供
建築デザイン以外で、今回のコンペを考えるヒントと
なりそうな話題を3点提供します。(ひねりはないです)
① エリアの形成史
宮島口はいきなり現在の状態に落ち着いたわけではありません。
歴史を知ることで提案や造形を客観的に捉え、説得力を与えられます。
■地御前神社は厳島神社の外宮であり、
弥山がご神体であることを考えると、
本来の軸は南北。
現在の軸線とのズレは、清盛が極楽
浄土デザインを優先した結果?
■赤崎はもともとは厳島島民の墓地で、
参詣拠点となったのは明治以降だが、
厳島神社とほぼ正対する立地。
※鉄道開通以前は、地御前などバラバラ
の場所から船を仕立てて参詣していた
らしい。
※地御前神社の鳥居も海上にあった
らしい。(↓)
弥山
厳島神社
(内宮)
地御前神社
(外宮)
極楽寺
本殿の向き
赤崎
(計画地)
南北軸
(北極星に通じる?)
本殿の向き
■話はそれますが…
江戸時代の宮島は宗教ではなくレジャーランド。
?神仏習合で神社も寺もまぜこぜ。
(神社と寺の明確な分離は明治以降)
?広島城下から移転してきた遊郭
(藩内の遊郭は宮島と御手洗)
?芝居、見世物、富くじ
? 夜の盛り場づくりは、宮島をおもしろくする
ヒントになりそうな気がする…。
■近代化の中、1897年に山陽鉄道の宮島駅が開業。広電は地御前止めで、
そこから船を出していたが、1931年に延伸して宮島駅を開業させる。
(この時に埋立をしている)
■ここから先は西広島タイムスのサイトから拝借した情報をベースに。
さっきの話と完全にかぶってます。すみません。
http://miyajima-kaido.jp/
■1930年(昭和5年)頃
広電が埋立工事をしている。
地形と無関係に近代的な道路
を通している。明治40年頃に、
幅1mから16m(9間)に拡幅。
■1935年(昭和10年)頃の宮島口交差点。
あなご「うえの」。上野他人吉が1901年に
駅弁として穴子飯の販売を始めて創業。
この建物は現存?
明治期の道路拡幅時に立てられた
標柱(しめばしら)。宮浜温泉に
移設されて現存するという…。
■こちらは明治期の宮島口。そもそもこの頃からビスタの先に厳島は
なかったようだ。
■ちなみに区画整理前の1961年はこんな状态。
■上は1992年(地下道建设前)で修景前。
1957
1964 2003
■埋立&区画整理が1961~63年に実施され、近代都市計画の手が入った。
■1967年。埋立で土地が広がり驻车场化。混沌とした状态は今と大差ない。
■1967年。埋立で土地が広がり驻车场化。混沌とした状态は今と大差ない。
■1967年。埋立で土地が広がり驻车场化。混沌とした状态は今と大差ない。
■1935年(昭和10年)頃の宮島口桟橋。
浮き桟橋かつ和風の屋根が載るなど、現在のものとノリが近い。
■1958年頃 ■1965年頃
■墓地の移設は多大な苦労を伴ったという。
このあたりが移設先。
ここには宮内庁所管の御陵が!
■一品伏見宮任助法親王御陵とある。この地で没した宮さまの陵墓らしい。
昭和期の築造で、あまり由緒はないかも?
(今年の正月に撮影。寒かった…↓)
■1954年顷の広电宫岛駅。この顷はまだ路面电车との直通ではない。
■宮島口の歴史資源はもともと無いか失われるかしており、街区割などにも
さほどの歴史性は見出せない。(古都らしい地霊を感じられない)
■近代以降に、鉄道でやってくる観光客を前提に形成された町であり、
各時代のニーズに応じてその姿を変えている。
(いま急に変わるのではなく、これまでも数度に渡り大変化をしている)
■宮島の門前という役割と厳島神社に正対する景観上の役割を現代の感覚で
解釈し、思い切りモダン側に振るのも一つの方法と思われる。
あまりに話がかぶってしまったので急遽追加。
■宮島口は、鉄道アクセスの整っている数少ない港。
■対岸だけでなく、クルーズ船や、呉行きの船が出てもいいのでは?
■岩国空港から宮島口港への直通バスを走らせると化けるのでは?
② プレイスメイキング
Space Planning から Place Making へ。
空間デザインだけでなく、マネジメントや
ホスピタリティを含めた「場」づくりの大切さが
ようやく認識されるようになってきている。
(徹底的な活用スタディのうえでデザインを
始めるべき)
例えば、富山市グランドプラザは、都市公園法
の適用除外にして「かせぐ広場」となったことで
名高いが、イベントのない平日でも巧みに「場」
がつくられている。
Presentation by Makoto Takata @ TWS Round Table(3/24)
?百貨店、駐車場、商店街が交わる、動線上を
選んで広場を配置。
?利用効率向上と雪対応のため屋根を設置。
?子供の遊び場環境を整備。
?管理要員が常駐。「長靴を置く」という
精緻なマネジメント。
? 平日昼間から人々が溜まる Third Place が
実現している。
? ただし、広場活用で年間1800万円稼ぐ
とはいえ、市の持ち出しは生じている。
Third place の共通点(私見)
■アクセスしやすい立地であること。
■無料もしくは安価で利用できること。
■飲食が提供されること。
■習慣的に人が集まってくること。
■場がフレンドリーで心地良いこと。
直近の地元だけでなく、大野~廿日市くらいの
人々が、宮島に渡るでもなくふらりと滞在する
場が形成されるとよい。
Place Making により生じる付加価値をお金に
換えて、Placeを持続させていく。
有名な例は、やはり Bryant Park (NY)。
最初は、BIDスキームで得た原資でClean &
Safeから始め、それが達成されて人気の公園に
なると、イベント開催や企業プロモーションで大
きく稼げるようになった。(それでもBIDからの
資金は欠かせない)
Bryant Park を見ると、確かにデザインの力も大
きいが、場をつくる(Place Making)マネジメ
ントこそが要であると理解できる。
Bryant Park (NY)
※wikipediaより
Bryant Park (NY)
ニューヨークの
寒い冬でも稼ぐ。
商売っ気と公共性
のバランスは絶妙。
Bryant Park (NY)
港湾で気持ちいい&にぎわっている空間といえば、
神戸のモザイク。交通の便はよくないがにぎわっている。
眺める対象は船と港の風景。
商業施設なのでマネジメントも効いている。
神戸のモザイク。
横浜の大桟桥。屋上に滞留する人々は船に乗る目的ではなく、
ふらりと訪れている。
横浜の大桟桥。
進行中の注目プロジェクトは姫路駅前広場。
建設前から綿密な使い方検討を重ね、歩行者中心の空間で
多彩なイベントを展開(しようとしている)。
最悪なのは宇品のターミナル。
気持ちいい空間も、海を見せる気も
感じられない。空き店舗が目立つ。
③ 公民連携
公民連携をめぐる私見
■人口減少社会において、公共施設の建設?維持
は極めて困難になる。
? 公共の役割のエッセンスを抽出し、民間が
担えるものは移譲せざるをえなくなる。
現在の指定管理制度は民間移譲とはいえない。
■そもそも既存の公共施設は行政の論理?理屈で
できており、デザインだけ工夫したところで
根本的に「生きた空間」とはなりにくい。
? 民間の理屈で公共施設を形成できないか?
紫波町オガールに見る公民連携
■町が投げ出した駅前の10haの土地の利活用。
■SPCを組成し、町立図書館と商業施設、
バレーボール専用体育館などを合築。
■支払い可能賃料を絶対の基準とし、民間の理屈
(=銀行が融資するかどうか)を判断基準にして
事業を組む。
■満室稼動を続け、投資利回り17%を達成。
■町は図書館を取得するが、商業施設等の固定
資産税により、投資回収できる。同じく公民
連携と言われがちなツタヤ図書館とは真逆。
施設は投資効率のよい木造2階。
天井は抜くがデザインは手を抜かない。
今回のプロジェクトに関わるアイディア
■設計者コンペより先にマネジメント主体のコンペを
行う。マネジメント主体はリスクを負担して戦略を
組み上げる。
■フェリーターミナルそのものも民間が建設して待合
所部分を公共に譲渡。民間はその他部分の使用権を
得て事業を行う。商業は満室稼動が大原則。(事業
性の高い建築計画とするインセンティブが働く)
■フェリーターミナル施設に加え、周辺道路や広場の
マネジメントも一体的に行う。今回開発外の民間ビ
ルからも賦課金を徴収しBIDにできるとよりよい。
(現行法では難しい)

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