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SNSを利用した若者の支援
―自殺予防を中心に―
和光大学 現代人間学部 心理教育学科
准教授 末木 新
平成30年度「子供?若者育成支援のための地域連携推進事業(中央研修大会)」
1. 自己紹介/目的の説明
2. 自殺と自殺予防
3. 支援の枠組み
4. 財源の問題/啓発活動のあり方
本日の目次
講師自己紹介
和光大学心理教育学科所属の教員/研究者です
? 専門領域?資格
‐ 臨床心理学、自殺学。臨床心理士、博士(教育学)
? 最近の著書
‐ 「インターネットは自殺を防げるか?」
(2013, 東京大学出版)
‐ 「自殺対策の新しい形ーインターネット、
ゲートキーパー、自殺予防への態度」
(2018, ナカニシヤ出版)
座間の事件の振り返り①
? 事件概要
‐ 2017年10月31日に発覚
‐ 15~26歳の女性8名、男性1名の合計9名が殺害される
‐ 事件発生の半年ほど前から犯人とされる男は、SNSの
Twitterを利用して自殺念慮を有する女性たちと交流
‐ 犯人のものとされる「首吊り士」を名乗ったTwitter
アカウントでは自殺志願者に自殺方法を助言するような
投稿を盛んに発信
‐ Twitterを介し自殺幇助やネット心中を口実にして
自殺念慮を抱く若い女性を誘い出していた
座間の事件の振り返り②
? 事件後の社会的反応
‐ 社会:Twitterでの利用規約の変更(自殺や自傷行為の
助長?扇動の禁止)。Twitter内で自殺に関する検索を
行うと、タイムラインのトップにTwitterとパートナー
シップを結ぶ特定非営利活動法人国際ビフレンダーズ東京
自殺防止センターのサイトが表示
‐ 政治:「座間市における事件の再発防止に関する関係
閣僚会議」開催、決定事項は次スライド
座間市における事件の再発防止策
? SNS等における自殺に関する不適切な書き込みへの対策
‐ 削除等に対する事業者?利用者の理解の促進
‐ 事業者?関係者による削除等の強化
? インターネットを通じて自殺願望を発信する若者の
心のケアに関する対策
‐ ICTを活用した相談機能の強化
例:SNS等に対応した相談窓口への誘導の強化
‐ 若者の居場所づくりの支援等 例:援助希求教育
? インターネット上の有害環境から若者を守るための対策
‐ 教育?啓発?相談の強化
‐ 改正青少年インターネット環境整備法の早期施行
●内閣官房副長官補本室 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/zamashi_jiken/
本研修の目的
ICTを用いた若者支援の一例を知っていただき、若者を支援
するための様々な現場で活用いただけるようにする
? その他の目的
‐ 自殺という問題について理解を深めてもらいたい
‐ 「不人気」な社会的課題への対応について一緒に考えたい
→ 本研修では自殺
‐ (心理支援の技術についても少し知ってもらいたい?)
1. 自己紹介/目的の説明
2. 自殺と自殺予防
3. 支援の枠組み
4. 財源の問題/啓発活動のあり方
本日の目次
自殺年齢調整死亡率の推移と社会のイベント
● 自殺対策白書参照 http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/16/index.html
高度経済
成長開始
万博?
70年安保
石油危機
プラザ
合意
アジア通貨危機
消費税増税
自殺対策
基本法WWⅡ
若者は自殺をするのか?|年齢階級別の自殺死亡率の推移
● 自殺対策白書参照 http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/16/index.html
自殺の危険因子
● 世界自殺レポート参照 http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/131056/5/9789241564779_jpn.pdf
満たされない欲求
解決策の模索
より良く生きたい!=両価性
耐えがたい(心理的)痛み
例:無価値感 極度の孤立感
苦痛に関する意識の停止
(≒ 自殺)
自殺の生起過程|シュナイドマン?モデル
痛みに耐える
ことのできない
自己像
窮状が
永遠に続く
という確信
全能感
絶望感?諦め
(解決策はない)
心理的
視野狭窄
怒り
自殺の対人関係理論|ジョイナー?モデル
自殺
潜在能力
負担感の
知覚
所属感の
減弱
自殺企図の恐怖や疼痛に耐える力
変化には時間が必要
孤独感や疎外感とほとんど同義
短期で変化する可能性あり
他者にとって自らが負担になっている感覚
短期で変化する可能性あり
自殺企図のプロセス?モデル|自殺の対人関係理論
所属感
の減弱
負担感
の知覚
自殺
願望
自殺
意図
到死的
自殺
企図
自殺潜在能力
絶望感
死の恐怖の低下 疼痛耐性UP
Van Orden KA, et al (2010). Psychol Rev, 117, 575-600.
自殺予防の基本的な考え方
自殺
潜在能力
負担感の
知覚
所属感の
減弱
自殺企図の恐怖や疼痛に耐える力
変化には時間が必要
→ 物理的に介入可能
孤独感や疎外感とほとんど同義
短期で変化する可能性あり
他者にとって自らが負担になっている感覚
短期~中期で変化する可能性あり
自殺対策のエビデンス
? WHOの推奨するエビデンスに基づく自殺対策
効果があると明確に分かっている対策は多くはない
対象 対策の内容
一般集団
レベル
? 自殺方法へのアクセスを制限する
? 問題のある飲酒を低減する政策の実施
? メディアの責任ある自殺報道に向けた支援
個人
レベル
? 精神疾患の発見?治療
? 自殺企図者?ハイリスク者のケア
→ ゲートキーパー活動
1. 自己紹介/目的の説明
2. 自殺と自殺予防
3. 支援の枠組み
4. 財源の問題/啓発活動のあり方
本日の目次
①検索連動広告
Step1:
自殺ハイリスク者をスクリーニング
期待される効果:
?自殺手段の認知的制限
?パパゲーノ効果
Step2:
特設サイトに誘導
援助要請行動を促す
特設サイト
Step3: 支援
①チャット
②メール
③電話
(Skypeから
相談者の携帯電話へ)
④対面
②SNS広告(Twitter広告
(キーワードターゲッティング))
期待される効果:
?自殺ハイリスク者を
スクリーングした上での介入
期待される効果:
?自殺の中断を含む相談者の
ポジティブな感情の変化
?今までつながっていない
リアルの援助機関への援助要請
夜回り2.0|事業概要①
検索エンジンをハイリスク者のスクリーニングとみなし、
自殺ハイリスク者を特定してサイトに誘導(根拠等は末木(2013; 2018)参照)。
相談者はワンクリックでメールを送信。
夜回り2.0|事業概要②
疑問①|「死にたい」とつぶやく人って本当に危ない?
? 20代のネット利用者への調査の結果(Sueki, 2015)
‐ 調査対象者全体(14529名)のうちツイッターアカウントを有する
者が8147名(56.1%)
‐ 1114名(7.7%)は過去に「死にたい」とつぶやいたことがあり、
361名(2.5%)は「自殺したい」とつぶやいたことがあった
‐ 「死にたい」とか「自殺したい」とつぶやいている人は、未婚で、
恒常的に飲酒をし、精神科に通院、抑うつ度がとても高く、自傷行為、
自殺念慮、自殺企図歴がある者が多い
「死にたい」等つぶやいている人は自殺のリスクを
有している可能性が高い
● Sueki, H. (2015). The association of suicide-related Twitter use with suicidal behaviour: A cross-sectional
study of young Internet users in Japan. Journal of Affective Disorders, 170, 155–160.
doi:10.1016/j.jad.2014.08.047
疑問②|広告を通じて相談してくる人って本当に危ない?
? 事業の結果(Sueki & Ito, 2018)
‐ 三菱財団の支援による事業(2014-2015年)の支援対象は193名、
データ分析可能な者は154名(男性35.7%、年齢の中央値は20代)
‐ 主訴は、メンタルヘルスが38.3%と最も多く、家族問題(31.8%)、
その他(29.9%)、経済問題(27.3%)と続く
‐ 自殺念慮を有したことがある者は81.2%、
自殺企図歴がある者は42.9%
‐ 支援が奏功し、ポジティブな気分変容が見られた者が28.6%、
これまでに相談していない者へ援助要請した者が25.3%。
合計42.9%で支援が奏功
夜回り2.0での相談者はやはり自殺のリスクが非常に高い
● Sueki, H., & Ito, J. (2018). Appropriate targets for search advertising as part of online gatekeeping for
suicide prevention. Crisis, 39, 197–204. doi: 10.1027/0227-5910/a000486
事例①|33歳?男性A
‐ Aは自殺方法に関する検索している途中で広告を目にし、
相談のメールを送信
‐ 初回メールには、自殺を決意したこと、自分が世の中にはいない方が
いい人間であると認識したことが短くつづられていた
‐ アセスメントのために送ったオンライン質問紙の結果から、
K6の得点は19点(/24点)、自殺念慮?自殺の計画、
複数の自殺企図歴が判明
‐ その後の連絡は途絶える
‐ 数日後にフォローアップのメールを送信するも音信不通
‐ 1か月半後、突然メールが届く
‐ 内容は自殺を実行するという宣言。自殺をする理由も合わせて
述べられており、そこから、ギャンブル依存になっていること、
その結果として金銭的なトラブルを抱えていること、交際相手に
迷惑をかけていることが述べられていた
事例①|33歳?男性A
‐ 考えている自殺方法を尋ねると、縊首であり、計画が具体的に
述べられた
‐ 相談員は危機介入が必要であると判断、通話をすることをメールにて
提案
‐ 通話の結果、自殺の実行を翌朝まで延期してもらうことに
‐ 翌朝、不安定な状態が続いていたため、電話にて相談者の住所を聞き
取り、相談者の自宅へ(※自殺方法に使う道具を回収)
‐ 自宅での面談の結果、問題の中核がギャンブル依存であること、
ギャンブル依存の治療を目的に病院に行くために、一時的に生活保護
を受けて生活を立て直す必要があることを伝えた
‐ その後、再度、Aから自殺念慮が高まっている旨のメールが届いた
‐ 相談員は、Aの住所地を管轄する保健所に電話で状況を説明
‐ 翌日、保健師の訪問、福祉事務所に行って生活保護申請、近隣の
精神科病院に通院開始
事例②|29歳?男性B
‐ 最初のメールは、件名に「死にたい 助けて」と記されているのみ
‐ Bは毎日の長時間労働に疲れ果てていた
‐ 職場はブラックで、上司から土日も「自主的」に出勤を求められた
‐ このような状況について愚痴を言える同僚や後輩はいない
‐ 仕事を頑張っていても充実感はなく、自分はいくらでも代わりがきく
人間で、年齢的にも転職できないと感じ、自殺念慮が高まっていた
‐ 仕事が忙しくなる前は、友人とレジャーに外出するアクティブな人間
‐ 休日が思うようにとれなくなると、友人と出かけられず、たまの休み
も一人で平日から飲酒
‐ K6の得点は19点、自殺念慮?自殺の計画はあるが、自殺企図歴は
な。食欲減退、寝付きが悪く、中途覚醒あり、精神科受診歴はなし
‐ メール相談では、Bに精神科を受診することを勧めた
事例②|29歳?男性B
‐ その際、スクリーニングテストの得点が高得点であったこと、
労働環境が悪く疲弊が著しいこと、アルコールの継続的摂取によって
睡眠状態が悪くなっていること、状況の改善(転職などに向けて)に
受診が役立つ可能性があることを伝えた
‐ Bは受診の必要性を認めず、強い抵抗を示す
‐ 理由は、仮にうつ病などの診断名がつき、それが会社に知られること
になった場合に自分の将来が破滅すると思われるということ
‐ 守秘義務等の説明の実施および仮に会社の人に通院の事実がばれた
場合の言い訳を一緒に考える作業の実施
‐ すると、Bは自分でもアルコール依存やうつ病のような状況にあるの
ではないかと以前から考えてきたこと、その思いを飲酒で誤魔化し
ながらなんとかやってきたことを語った
‐ その後も受診にはためらいも見せたが、予約フォームの主訴を一緒に
まとめる作業を通じて受診意欲は高まり、最終的には通院へ
1. 自己紹介/目的の説明
2. 自殺と自殺予防
3. 支援の枠組み
4. 財源の問題/啓発活動のあり方
本日の目次
社会的問題の「人気」の格差
メンタルヘルス(自殺を含む)、難民、犯罪加害者、DV?
虐待、薬物?アルコール依存等への支援は「人気」がない
? 寄付が集まる「人気」の社会課題
‐ がん、国際協力、医療(がん以外)、動物保護、宗教、子ども等
‐ 医療分野内でも「人気」には大きな差がある(≒ 実際に死亡者数の
多い疾患に寄付が集まるわけではない)
‐ 寄付を支えている人は、40~60代、高学歴、専門職/管理職、
宗教に敬虔、経済的に発展した地域への居住
● Body, A., & Breeze, B. (2015). Rising to the challenge: a study of philanthropic support for unpopular
causes. Centre for Philanthropy at the University of Kent.
<https://www.kent.ac.uk/sspssr/philanthropy/documents/Rising_to_the_Challenge.pdf>
※日本語は「NPO法人OVA事務局スタッフブログ(2018年10月26日)」を参照
統計的生命の価値(Value of Statistic Life)
ある事象に起因する統計的死亡を回避するための支払意思額
(Willingness to Pay)を集計し、便宜的に1人の統計的死亡を回避する
ための支払意思額を計算したもの
? 計算方法
‐ リスク削減幅に対するWTPをリスク削減幅で除したもの
例:自殺死亡のリスクを1/10万だけ小さくすることに対し
1000円の支払いをしても良いと考えた場合
統計的生命の価値:1000円÷1/10万=1億円
‐ 問題②の場合、皆さんがこのサービスに1000円支払っても良いと
考えたのであれば、1000円÷4/10万=2500万円
統計的生命の価値の研究結果|自殺の場合
自殺をもとにしたVSLは交通事故より桁が一つ少ない…
? 「自殺学」受講生(大学生)の回答
‐ 組み入れ基準を満たした大学生111&106名分のデータを分析
‐ 自殺死亡リスクを20/10万人から16/10万人へ20%削減することに
対する支払意思額は、中央値で1000円 = 統計的生命の価値 2500万円
? ネット調査の結果
‐ 日本全国のネット利用者2000人からデータ取得、組み入れ基準を
満たした956名分のデータを分析
‐ 自殺死亡リスクを25%削減することに対する支払意思額は、
中央値で1,572円 = 統計的生命の価値 3144万円
● Sueki, H. (2016). Willingness to pay for suicide prevention in Japan. Death Studies, 40, 283–289.
● 末木 新 (2016). 大学生における自殺死亡リスク削減への支払意思額と自殺に関する態度の関係. こころの健康, 31(1), 71–79.
統計的生命の価値の研究結果|自殺と交通事故死亡の比較
事故死亡をベースにしたVSLは自殺死亡をベースにした
VSLより明らかに高い
? ヘドニック?アプローチ(Hedonic Approach)
‐ 自殺の場合は使えない
? 仮想評価法(Contingent Valuation Method)
‐ 国内研究では数億円程度。最も信頼できる研究で2.26億円
(※ 交通事故死亡リスクを50%削減する仮想財の購入に関する支払意思額)
‐ イギリスでは約1.79億円、アメリカでは2.93億円、ニュージーランド
では2.28億円
→ なんとなく、生涯賃金くらい?
●内閣府政策統括官 (2007). 交通事故の被害?損失の経済的分析に関する調査研究報告書. http://www8.cao.go.jp/koutu/chou-
ken/19html/houkoku.html
自殺予防への支払意思額の上げ方
客観的知識を提供し、ニーズを明らかにした政策を打つ
? 方法1(Sueki, 2018a)
‐ 自殺対策に対する税金投入への否定的意識を変える
‐ 自殺に関する客観的知識を供与し、「自殺は予防できない」
「自殺は特別な人だけに起こる」といった考えを変える
‐ ただし、世帯年収が多い家に限るという問題も…
? 方法2(Sueki, 2018b)
‐ 国民のニーズに応じた自殺対策を提供する 例:自殺方法の制限
‐ おそらく「自由意志」に介入するかのように見える政策は嫌われている
● Sueki, H. (2018a). Impact of educational intervention on willingness-to-pay for suicide prevention: A quasi-experimental
study involving Japanese university students. Psychology, Health & Medicine, 23, 532–540. doi:
10.1080/13548506.2017.1371777
● Sueki, H. (2018b). Preferences for suicide prevention strategies among university students in Japan: A cross-sectional
study using full-profile conjoint analysis. Psychology, Health & Medicine, 23, 1046–1053.
doi:10.1080/13548506.2018.1478436
啓発活動はどうあるべきか
社会的課題の解決への支持がなければものごとは進まないが、
「共感」の過度の使用は「良い」政策の合理的遂行を妨げる?
? てっとり早く社会的課題への「共感」を集める方法
‐ ビジュアル面での訴求 例:動画の活用
‐ 当事者のポジティブな雰囲気や前向きなメッセージ
‐ 当事者の個人的なエピソードの披露
? 「共感」の動員(≒理性の排除)の負の側面
‐ ナチスのホロコースト、ヘイトスピーチ、トランプ現象
→ 心配のしすぎか…?
● 参考:ポール?ブルーム(著), 高橋洋 (翻訳) (2018). 反共感論―社会はいかに判断を誤るか. 白揚社.
「人気」のない社会的課題に対する政策の問題点
目立った事件が注目され、対策の必要性が叫ばれ、
一過性のブームで終わることの繰り返しになっていないか?
? 個人的に感じる問題点(自殺対策について)
‐ 継続性の問題
‐ 自殺率が下がってくると「子ども?若者」が使われていないか?
→ 合理的な政策を持続的に行うために必要なことは何か?
本日のまとめ|ご清聴ありがとうございました
‐ 自殺の危険性は、自殺潜在能力、所属感の減弱、
負担感の知覚によってある程度は説明できる
‐ 上記の要素を減じることで自殺を予防することができる
(一定のエビデンスをともなう政策が存在する)
‐ ゲートキーパー活動はそのような政策の一つである
‐ ウェブ検索連動型広告を使って、効率的なゲートキーパー
活動を実現できる
‐ しかしながら、自殺は「人気」のない社会的課題の
一つとなってしまっている(人?もの?金が足りない)
‐ 感情の一時的動員ではなく、理性を用いた継続的/合理的
対策が実施される必要がある

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