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社会教育とコミュニティの構築に関する
理論的?実証的研究
ー社会教育行政の再編と社会関係資本の構築過程
に着目してー
荻野亮吾
2014/06/05(木)16:00?17:30
@東京大学教育学部 第1会議室
博士学位申請論文 口述試験
論文の目的
? 論文の目的:コミュニティとの関連に焦点を当てて、社会
教育の今日的な意義を明らかにすること。
? 具体的には、社会教育を取り巻く現在の状況と、社会教育
に関する現在までの議論の変遷を確認した上で(1章)、コ
ミュニティと社会教育を捉えるための新たな理論的な枠組
みの検討を行い(第1部)、社会教育とコミュニティの構築
に関する実証的研究を行った(第2部)。
1章 社会教育論の転換の必要性(1)
? 研究の社会的背景:生涯学習政策の進展のもとでの社会教育行政の変化。
? 生涯学習政策の変化:1980年代は生きがい等、個人の需要を重視していた
が、1990年代以降、生涯学習の社会的機能が注目されるようになり、2000
年代以降は「社会の要請」に応えることが重視される。
? 生涯学習政策の進展のもとで、社会教育行政は生涯学習振興行政に包摂され
るだけでなく、生涯学習の概念がコミュニティに関連づけられることで、コ
ミュニティ行政にも包摂されるようになった。
? この動きは、教育行政の制度設計そのものを問い直し、各自治体の社会教
育?生涯学習関連事務、あるいは公民館の所管を首長部局に移行する流れを
生み出している。
? 以上のような背景のもと、現在公民館の位置づけだけでなく、社会教育行政、
あるいは教育行政のあり方そのものが問い直されている。
1章 社会教育論の転換の必要性(2)
? レビュー:1960年代以降の社会教育行政論の研究視角を明らかにした。
? 社会教育行政論の基本的構図(図1)
? (1)(社会)教育行政の一般行政からの自律性、(2)社会教育行政によ
る住民に対する学習機会の提供と、社会教育関係団体に対する支援、(3)
社会教育行政による条件整備と、住民の「対抗的参加」の相補性、(4)行
政と住民との対立を調停する社会教育関係職員の位置づけ、(5)「対抗的
参加」を行うための住民の主体形成。
? この構図は、行政と住民との「対抗的相補性」を前提としてきた。
? しかし、この構図は、1990年代以降の生涯学習政策の進展のもとで、
行政機構の再編が進む現在では成立しがたいものとなっている(図2)。
? 教育委員会制度等、社会教育行政の一般行政からの独立という原理が揺らい
でいること。
? 社会教育行政の再編が進む中で、社会教育行政に「学校支援」ないし、コ
ミュニティ政策を遂行する役割が求められつつあること。
? 社会教育施設の運営の弾力化?多様化。
? 様々な領域での市民への参加の要請。
社会教育
職員
条件整備
学習機会の提供
住民
社会教育行政
社会教育
関係団体
社会教育
施設
施設運営参加
行政参加
サポート?バット
ノーコントロール
団体への参加
行政への協力
自治の
主体形成
社会教育の
自由
一般行政
対抗的参加
図1 社会教育行政論の基本的構図
規制緩和
市民
社会教育行政
NPO法人
社会教育
施設
団体への
参加
市民社会論的
前提
一般行政 社会教育行政の再編
コミュニティ
団体
権限の付与
学校
ボランティア
としての参加
指定管理者
制度
参加の要請
学校支援
コミュニ
ティ政策
新しい中間集団 教育施設
図2 2000年代の社会教育行政の再编の动向
1章 社会教育論の転換の必要性(3)
? 現在では、住民の行政への「対抗的参加」を重視し、それを担う自治の
主体の形成に関して、学習の条件整備と「社会教育の自由」の保障を社
会教育行政に求めていくという構図は成り立ちがたい。
? この課題を解決するために、本論文では2つの課題を設定した(図3)。
? 第1の課題:行政と住民とを二項対立的に捉える見方の見直しと、コ
ミュニティを含めた新たな関係を提示すること。行政と住民という二項
にコミュニティを加えた上で、行政とコミュニティの関係、住民とコ
ミュニティの関係についての捉え直しを行い、コミュニティを捉える理
論的視角を検討する(第1部)。
? 第2の課題:コミュニティと社会教育に関する実証的な検討を進めるこ
と。社会教育行政の再編によって、生活の拠点であるコミュニティがど
のように変容し、住民の生活にどのような影響を及ぼすか、あるいは、
コミュニティの変容が住民の学習にどのような影響を与えるのかを捉え
る(第2部)。
<第2部> <第1部>
8章
社会教育職員の事例研究
コミュニティ
住民
行政
2章
コミュニティ政策の検討
3章
主体形成論の検討
4章 
社会関係資本論の検討
5章
地域活動の参加の計量分析
6章
飯田市の事例研究
7章
佐伯市の事例研究
9章
コミュニティの社会教育的構成の理論化
1章
生涯学習政策?社会教育行政論の検討
課題1
行政とコミュニティ、住民の
関係についての理論的検討
課題2
コミュニティと社会教育に関す
る実証的研究
相互関係
相互関係
図3 本論文の構成
2章 コミュニティを巡る政策の動向と課題(1)
? 2章の目的:行政とコミュニティの関係を問うために、2000年代以降の
コミュニティに関する2つの政策の批判的検討を行うこと。
? コミュニティ政策の動向と課題
? 社会教育行政をまちづくりやコミュニティ政策の中に包摂する動き。
? 1970年代の政策とは異なり、現在の政策では、条件整備を担ってきた行政
の役割は後景に退き、住民に権限や財源を委譲し、従来行政が担ってきた役
割の一部を担うことを期待する傾向が見られる。
? しかし、コミュニティ政策の遂行を巡っては、行政組織とコミュニティ組織
との関係や、地域活動の基盤となる「中間集団」の縮小や解体が問題。
? 学校支援の政策の動向と課題
? 2000年代以降、社会教育の果たしてきた人材育成やコーディネート機能を
学校支援という文脈で活用していこうとする流れが見られる。
? しかしこの政策には、(1)ボランティア活動の次元の縮減、(2)市民の
能力形成についての配慮、(3)「市民」間の価値の多様性や、ライフスタ
イルの差異、資源の多寡といった参加の背景の看過、という問題が存在する。
2章 コミュニティを巡る政策の動向と課題(2)
? コミュニティに関する政策の動向は、単なる参加の形態の変化ではなく、統治
様式の変更をも伴っている。
? コミュニティへの参加を求める現在の政策は、行政に対する住民参加の対象や範囲が
拡大し、参加の要請がより広範囲の社会全体へと広がることを示すもの。
? 「参加する市民」という「市民社会論的前提」を暗黙のうちに措定。参加の広がりの
中で、様々な活動における責任の所在が不可視化され、曖昧になることで、住民に参
加する「責任主体」と言うべき位置づけが与えられていることが問題。
? コミュニティに関する政策の問題は、行政システムないし教育システムが、コ
ミュニティへの依存度を高める形に変化しているにもかかわらず、その稼働条
件であるコミュニティの形成についての配慮がなされていないこと。
? 行政システムと、このシステムを取り巻く外部のコミュニティとの関係を考えると、
コミュニティへの参加の保障は、システムの「公共性」を担保する条件となり得る。
? 逆に言えばシステムがコミュニティへの依存度を高めている現在、コミュニティに住
民がどのように関わるかという視点なくして、システムの機能を考えることは難しい。
? 2章の成果:コミュニティに関する政策の分析を通じて、行政というシステムの
外側にあるコミュニティの実態に関する実証的な研究と、システムとコミュニ
ティとの相互作用の分析について研究を進めていくことの必要性を示したこと。
3章 主体形成論の批判的検討(1)
? 3章の目的:住民とコミュニティの関係について検討を行うために、社会教育行
政論の根底にある主体形成論について考察を行うこと。
? 社会教育の領域における主体形成論は、「権利としての社会教育」の見方に基
づき、行政に対して住民運動が持つ「対抗性」に着目する議論から生まれてき
た。
? この議論は、運動の中でなされる自己形成を重視するものである。この「権利
としての社会教育」論を支えてきたのは、人々が学習を通じて「抑圧」されて
いる構造を自覚し、行政への「対抗的参加」によってその構造を変えて行くと
いう論理である。
? ここでは、社会に関わる「参加」という行為が、「自発性」「主体性」を包含
するものであり、そのことが現在の社会の仕組みを組み替える上で大きな力を
持つことが期待されていた。
3章 主体形成論の批判的検討(2)
? 主体形成論への批判(1):「地域教育システム化」論と「地域教育計画」論
? 松原治郎の「地域教育システム化」論:地域の教育システムの形成という観点から、
コミュニティの秩序の分析とその教育的な組織化に焦点を当てたもの。
? 藤岡の「地域教育計画」論:保護者や地域住民の教育要求の集合化と、これに基づく
地域教育の計画化という運動を支持するもので、コミュニティ教育論の1つの形。
? 松原が描いた「地域教育システム」を静態的なものと捉えるのでなく、地域の社会的
ネットワークに埋め込まれた主体の学習によって、不断に組み替えられる1つのプロ
セスとして捉えることによって、両者の議論を統合的に把握することが可能となる。
? 主体形成論への批判(2):松下圭一の「社会教育の終焉」論
? 「大衆社会論」から「都市型社会論」へと理論を展開させてきた松下にとって、1980
年代以降の議論の焦点は「市民的人間型の形成」から「市民文化の成熟」へと移行し
た。これらの議論の中で社会教育行政に対して、市民文化活動を対置する考え方は一
貫しており、「終焉」論は市民社会への転換を指向した論考として位置づけられる。
? 「終焉」論の問題:「市民社会論的前提」を置くことで、市民社会を担う「主体」が
どのように「形成」されるかという問題を議論の前提の部分で乗り越えていること。
? この点については、社会教育の中の主体形成論の理論構成にも問題がある。1つは、
参加の有する社会的機能への眼差しが希薄になる点であり、もう1つは自発性や主体
性が育まれる過程や環境へと注意が向かない点。
3章 主体形成論の批判的検討(3)
? 社会教育の意義を主張するためには、どのような環境で主体が形成されるかと
いう観点から、社会教育の役割を問い直す必要がある。
? このために求められるのは、社会への関わりを個人の自律性や主体性に還元す
る「個体論」的アプローチではなく、社会関係の中で事後的に主体と客体が構
成されていくという「関係論」的アプローチ。
? この観点に基づくと、社会教育研究の分析の焦点は、「個人の変容」ではなく、
「関係の変容」に基づく個人の変容へと移行する。
? この発想を実証的研究として具体化するために必要なのが、単なる関係性に注
目するだけでなく、行政、コミュニティ、そして住民の三者を分析の射程に含
む「社会関係資本」の議論である。
? 3章の成果:主体形成論に関する議論を概観し、「関係論」的アプローチの必要
性を示したこと。特に、社会関係資本論(人々がどのような相互関係の中に埋
め込まれているのかという関係論的な視点と、その関係自体がどのように構成
されているのかという構造的な視点の双方をその射程に収める)への注目の必
要性を喚起したこと。
4章「社会関係資本」論と社会教育研究の接点 (1)
? 4章の目的:「関係論アプローチ」を実証的な研究へと架橋するために、「社会
関係資本」の概念について検討を行い、社会教育研究との接点を論じ、実証的
研究の枠組みを示すこと。
? 社会関係資本論のレビュー:特にパットナムの研究に着目
? パットナムの研究の特徴は、(1)ガバナンスを規定する社会の条件を社会関係資本
として明確化したこと、(2)「社会関係」を一種の資本と見なすことで実証的研究
を容易にし、経年変化の測定や比較研究への展開を可能としたこと、(3)社会関係
資本を構築する介入的研究への可能性を開いたこと。
? 近年のコミュニティ?ガバナンスに関する政策の進展の中で、(1)に注目が集まる。
? 生涯学習や社会教育の領域における「社会関係資本」の考え方の活用
? OECDやEUという国際的機関では、社会関係資本という考え方の有効性が認められ、
生涯学習政策への反映が図られる中で、この考え方が学習論や能力論の中に包摂され
るようになっている(社会関係資本を属人的に捉える傾向がある)。
? 社会関係資本と生涯学習に関する研究では、教育や学習が、社会関係資本の形成に与
える影響に注目している。ただし、その多くは、フォーマルな教育や講座といった教
育の機会の効果を明らかにするものである。
4章「社会関係資本」論と社会教育研究の接点 (2)
? 社会関係資本の考え方を社会教育研究と接合して行く際の主要な論点を
提示した。
① 分析のレベルの設定:社会的ネットワークなどの構造的側面と、一
般的信頼や互酬性の規範などの認知的価値観、そして、マクロレベ
ルとミクロレベルのいずれに注目するか。
② 社会的ネットワークへの注目:構造的部分を重視すること。
③ 「資本」としての特性への着目:社会関係資本の「持続性」と「外
部性」という特徴。
④ 「関係基盤」という考え方の導入:特に「重層性」と「連結性」の
概念の重要性。
⑤ 動態的概念としての捉え直し:社会関係資本の構築の過程を動態的
に捉え、社会関係の中で営まれる学習や教育を描き出し、この学習
や教育が新たな社会関係を紡ぎ出していくという循環を明らかにす
ること。
4章「社会関係資本」論と社会教育研究の接点 (3)
? 実証的研究に向けての概念整理:社会的ネットワーク研究と「中間集団」の研
究のレビューし、分析の枠組みを確定(図4)。
? 住民の地域活動への関わりは、「中間集団」を通じた社会的ネットワークの形成に
よって影響を受ける。
? この社会的ネットワークは地域の「関係基盤」に規定される。具体的には、地域にど
のような「中間集団」が存在しているか、そしてこれらの集団同士がどのような関係
を有しているか。
? 地域活動への関わりの過程で形成される認知的価値観は、インフォーマルな学習の成
果として捉えられる。
? この社会的ネットワークと、ここから生み出される協調行動の蓄積によって、社会的
ネットワークや信頼が特定の個人の間で成立するものから、コミュニティへと広がっ
た時に、社会関係が「持続性」と「外部性」を持った「資本」に転じる。
? この実証的な研究の枠組みに基づいて初めて、コミュニティの形成にあたって、社会
教育行政がどのような関わりを持っているかを追究することが可能となる。
? 4章の成果:社会関係資本の研究に含まれるコミュニティが成り立つ要因やその
過程を実証的に検討する志向性に注目。社会関係資本の理論と実証的な分析概
念を取り入れることによって、社会教育行政がコミュニティの形成に対してど
のような役割を果たし得るのか、あるいはコミュニティの中で住民がどのよう
に変容を遂げるのかが明らかにできることを示したこと。
地域活動への関わり
中間集団への所属
地域における社会関係資本の蓄積過程
住民
社会的ネットワーク
の形成
町内会
市民活動
団体
地縁団体
サークル
関係基盤=中間集団の
重層性?連結性
構造的側面
認知的側面
一般行政 社会教育行政
図4 実証的研究の枠組み
第1部(理論研究)のまとめ
? 第1部では、行政とコミュニティの関係(2章)、コミュニティにおける
住民の学習(3章)、そしてコミュニティの理論的?実証的な把握の方
法について(4章)、これまでの議論を整理した。
? これらの整理を通じて、行政とコミュニティ、そして住民の三者の関係
に関する理論的枠組みを構築した。
? 具体的には、社会教育行政のあり方を、コミュニティを媒介として住民
との関係において捉え直すことで、社会教育行政が住民の関係や意識の
組み替えを通じて、コミュニティの構築へと寄与する道筋や、コミュニ
ティが住民の活動の中で動態的に構築されていく論理を提示できた。
? 第2部ではこの枠組みに基づいて、計量分析と事例研究を行った。
5章 地域活動への「参加」を規定する要因(1)
? 5章の目的:大規模社会調査の2次分析を通じて、個人の社会的ネット
ワークが中間集団を通じて広がり、地域活動への関わりに結びつくこと
を明らかにすること。
? 具体的には、「中間集団に所属することで、地域活動への参加が促され
る」か否かについて、「日本人の民主主義観と社会資本に関する世論調
査、2000」(JEDS-2000)を用いて検証を行った。分析の際には3つの
仮説を設定して分析を行った。
? 3つの仮説を検証
? 仮説①:中間集団に所属することで、地域活動への参加が高まる
? 仮説②:中間集団に所属することによって、社会的ネットワークが広がる
? 仮説③:社会的ネットワークが広がるほど、地域活動への参加が高まる
5章 地域活動への「参加」を規定する要因(2)
? 中間集団に所属することで、地域活動への参加は高まるか?
? 町内会?自治会、地縁団体、市民活動団体、サークル?グループという4つの中
間集団に焦点を当て、これらの集団に所属することで地域の活動への関わりが高
まるのか検証を行った。
? 町内会?自治会や地縁団体という中間集団は、2000年代に推進された市町村合併
やコミュニティ政策を経てもなお、地域活動への「参加」を保障する重要な回路
として機能している。
? 地域活動への関わりにおいて、市民活動団体やサークル?グループへの所属の効
果も存在。
? 中間集団に所属することによって、社会的ネットワークは広がるか?
? 個人の属性や、社会的要因、居住地区、学歴を統制した上でもなお、社会的ネッ
トワークは中間集団への所属によって広がりを見せる。
? 社会的ネットワークが広がるほど、地域活動への参加は高まるか?
? 親しい友人の数や、知り合いの人数が増えることによって、自治会活動への積極
的な参加や、地域のボランティア活動への参加が促される。
? 3つの仮説すべてに肯定的な結果が得られたことで、中間集団への所属は、
社会的ネットワークを広げ、そのことによって地域活動への参加を高める
という、社会関係資本の構築過程が個人レベルでは実証された(図5)。
図5 地域活動への「参加」の構造
地域活動への参加中間集団への所属
サークル?グループ
自治会活動への
積極的参加
理論仮説
作業仮説
地域のボランティア
活動への参加
社会的ネットワーク
町内会?自治会
親しい友人の数
統制変数
性別/年齢/学歴/就労状況/居住地区の市郡規模/家族人数/配偶者の有無
地縁団体
市民活動団体
知り合いの人数+
+
+
+
++
+
5章 地域活動への「参加」を規定する要因(3)
? 5章の分析結果が持つ示唆
? 中間集団は、その集団の目的に掲げている活動を行うに留まらず、社会的
ネットワークを広げることによって、住民の地域活動への参加を促す役割
を担っている。
? 公共的な目的を掲げないサークル?グループであっても、活動を通じて
様々な種類のネットワークを形成し社会関係資本の形成に寄与することで、
「公共性」の基盤となり得る。
? ただし、どのような中間集団であっても、地域活動への「参加」に結びつ
くとは一概に言えない。重要なのは、地域の社会的ネットワークの中で、
これらの中間集団が占める位置、あるいは中間集団相互の関連性である。
? ここから、地域において「関係基盤」自体が変容しつつある現状を、事例
に即してつぶさに見て行くことが必要になる。
? この事例研究においては、(1)中間集団への所属が、どのように地域活動
への「参加」を促すかという過程と、(2)地域における中間集団の構造な
いし、集団相互の関係の変容に焦点を当て、地域活動への「参加」の道筋
を検討していくことが重要となる。
6章 地域活動を通じた社会関係資本の構築過程
―長野県飯田市の分館活動を事例として― (1)
? 6章の目的:飯田市の20地区のうち、上郷地域、鼎地区、龍江地区とい
う3つの地区の公民館体制と分館活動を分析し、社会的ネットワークが、
地域の中間集団と結びついて拡張され、地域活動への参加を促すという、
社会関係資本の構築過程を明らかにすること。
? 調査の方法
? 飯田市公民館と、東大牧野研究室との共同研究の一環。調査対象地
域は、鼎地区(下山、東鼎、西鼎、下茶屋、中平、上茶屋、切石、
上山、一色、名古熊)、上郷地域(上黒田、下黒田北、下黒田南、
下黒田東、丹保、北条、飯沼南、南条、別府上、別府下)、龍江地
区(第1?第4)。
? 調査対象者は、各地域?地区の計24分館の分館長、副分館長、分館
主事、その他の文化、体育、広報などの分館役員、及び地域団体の
中で分館活動に関わりを持つ団体。
? 調査期間は、2011(平成23)年6月?10月。
6章 地域活動を通じた社会関係資本の構築過程
―長野県飯田市の分館活動を事例として― (2)
? 第1の問い:分館活動を通じて形成される、地域の社会的ネットワーク
? 地域の活動に関わる際には大きく分けて2つのルートが存在する。
? 1つは、自治会を通じて持ち回りで担われる各種委員である。分館の文化、
体育、広報などの部員は、この自治会選出の委員によって充当される。
? もう1つは、壮年団や婦人会等の地縁団体に基づくルート。地縁団体では、
個人が団体に所属することに加えて、団体が地域の行事や分館活動を通じて
他の団体と結びつくことで、地域の社会的ネットワークを形成している。
? 具体的には、(1)地域の団体はその構成員が重複し、(2)地域の祭り
や運動会といった行事に参加しお互いに顔見知りになり、(3)団体活動
が新たな関係性につながることを通じて、地域の社会的ネットワークを
構成している。
? この地縁団体と分館とのつながりは、分館活動を支える母体として重要な役
割を有している。
? 地縁団体への所属を基盤に、職場や学校を介したネットワークによって
補足されることで、分館役員の選出が行われる。
? ただし、この社会的ネットワークには、地域差や男女差がある。
6章 地域活動を通じた社会関係資本の構築過程
―長野県飯田市の分館活動を事例として― (3)
? 第2の問い:分館活動を通じて築かれる社会的ネットワークの構造的?認知的特性
? 社会的ネットワークの形成の持つ構造的特性:「関係基盤」の「重層性」
? 地域活動への「参加」は、基底となる「中間集団」への所属と、分館での活動という二層構
造をなしている(図6)。
? この垂直的なつながりと別に、壮年団や消防団におけるつながりや、女性団体同士のつなが
りが水平的なネットワークを作り出し、住民同士の関係は、複数の中間集団への所属が重な
り合うことで、より密で強固なものになっている。
? この重層的な団体同士のネットワークによって築かれた住民同士の社会的ネットワークが、
分館役員へのルートとして有効に活用されている。
? ただし、これはネットワークの構造上の弱みでもある。ネットワークの重層性が凝集性につ
ながり新たな構成員を受け入れにくく、地縁団体を基礎にした関係であるため、サークルや
NPOとのネットワークが築けていない。
? 社会的ネットワークの形成の持つ認知的特性:「遠慮がちな社会関係資本」
? 地域活動への参加は、必ずしも積極的に行われるものでない。
? 当初は、「お付き合い」「お互い様」という消極的な意識であったとしても、地域内の他の
住民との「つながり」ができることによって、地域に対する意識を持ち、地域のために何か
をしたい、することが楽しいという感覚へと転ずる意識の組み替えが起きる。
? この認知的価値観の変化を、社会的ネットワークに基づくインフォーマルな学習の過程とし
て捉えることができる。
地域内の中間集団
分館組織
文化部
広報部
体育部
壮年団
消防団
PTA
老人クラブ
各種団体
自治会から
選任された役員?委員
学校や職場での
つながり
図6 分館活動を巡る地域の社会的ネットワークの構造
6章 地域活動を通じた社会関係資本の構築過程
―長野県飯田市の分館活動を事例として― (4)
? 第3の問い:「地域自治組織」の導入による社会的ネットワークの変化
? 飯田市では、2007(平成19)年から「地域自治区」の仕組みを導入してお
り、現在、市内20地区に「地域協議会」と「まちづくり委員会」が組織され
ている。公民館は「まちづくり委員会」の中の一委員会として位置づけられ、
地区に一括交付される交付金の中から予算が支出されることになった。
? 「地域自治組織」の制度が導入されて間もないこともあり、社会的ネットワー
クの変化について、明確な答えを出すことはできない。
? これまで、自治会と公民館とは「車の両輪」であるとされ、公民館に地域活
動の中核を担う人材育成の機能が期待されていた。
? 現時点で、「まちづくり委員会」という新たな仕組みが、公民館(分館)活
動の「足かせ」になるのか、それとも新たな情報共有の経路になるかは定か
でない。
? ただし、公民館活動を積極的に担う世代と、自治会活動を中心的に担う世代
とがどのようにつながっていくのかは、地域活動の「持続性」を担保する上
で重要な論点となる。
6章 地域活動を通じた社会関係資本の構築過程
―長野県飯田市の分館活動を事例として― (5)
? 6章の分析結果が持つ示唆
? コミュニティにおける社会関係資本の構築の方法
? 地縁団体や自治会という中間集団における顔見知りの関係が基本になること。
? コミュニティにおける「中間集団」の視点の重要性
? 中間集団の相互連関や布置が、地域の活動への関わりを規定すること。
? 地域の社会的ネットワークに埋め込まれることによって、公民館や分館はそ
の教育的機能を発揮している。
? 社会的ネットワークの中での住民のインフォーマルな学習の存在
? 地縁団体を基盤とする分館での活動を通じて地域の活動に関わっていく過程
で、最初は周りから促される形で消極的に関わっていた住民の態度が、地域
を意識した積極的な態度に組み替わっていく点にインフォーマルな学習の過
程が見られる。
? 社会教育は、中間集団という「関係基盤」を通じて社会的ネットワーク
の構築に関わり、インフォーマルな学習を促していく可能性を有する。
7章 学校支援を通じた社会関係資本の再構築の過程―大分県佐伯
市の「協育ネットワーク構築推進事業」を事例として―(1)
? 7章の目的:大分県佐伯市の事例から、既存の社会的ネットワークが弱
体化する中で「学校支援」というテーマを設定し、社会関係資本の再構
築を進めてきた過程を描くこと。
? 大分県では2005(平成17)年より「学校、家庭、地域社会の『協育』ネッ
トワークづくり」を教育行政の重点目標に掲げている。佐伯市でも、県のモ
デル事業や補助事業を受けて「協育ネットワーク」 の構築を推進してきた。
? 調査の方法
? 調査対象地域は、2008(平成20)年度より「協育」関係事業を実施してい
る7校区(鶴谷、上浦、弥生、宇目、直川、鶴見、蒲江)が中心(2013年度
現在、12校区で事業を実施)。
? 調査対象者は、公民館長、コーディネーター、振興局職員、学校管理職、協
育担当教員。
? 調査期間は、2008年3月、9月、11月、2009年11月、2010年1月、10月、
2012年1月、2013年11月。
7章 学校支援を通じた社会関係資本の再構築の過程―大分県佐伯
市の「協育ネットワーク構築推進事業」を事例として―(2)
? 第1の問い:事業実施前後の「学校支援」の状況の変化
? 「協育ネットワーク構築推進」事業では、公民館に校区コーディネーターを
配置し、校区ネットワーク会議や青少年健全育成会議の組織化を進めながら、
地域人材を活用した「学校支援」を進めている。
? 事業実施前に学校関係者や公民館関係者にインタビューを行ったところ、こ
れまで比較的受け入れがスムーズに行われていたゲストティーチャーや部活
動の指導者としての受け入れを促進しつつ、現在人手が不足しがちな環境整
備の活動にも協力を求めて行くという形で、地域人材の活用が進んで行くと
予測された。
? その後、数年間の事業の中で、(1)当初は小学校が中心だったが、2年目以
降、中学校でもキャリア教育での活用が促進され、(2)対象とする校区も
広がり、19校区全てにおいて校区ネットワーク会議や青少年健全育成会議が
組織されることとなった。
? この結果、事業数、ボランティア数とも着実に伸びを見せている。
? 「学校支援」の内容は、登下校指導、読み聞かせ、総合的な学習の時間での
活動が中心であるものの、それ以外の活動も少しずつ充実を見せていること
が明らかとなった。
7章 学校支援を通じた社会関係資本の再構築の過程―大分県佐伯
市の「協育ネットワーク構築推進事業」を事例として―(3)
? 第2の問い:事業実施に伴う、地域の社会関係資本の変化
? 学校と公民館との関係:日常的な職員交流が促進される可能性
? 公民館にコーディネーターが配置されることで教職員の心理的なコストが軽減され、
校区コーディネーターが制度的に位置づけられることで学校側が依頼しやすくなる。
? 学校外部の職員やコーディネーターからすれば、学校に入りやすくなる効果も。
? 地域に存在する団体?組織の「再編」の状況(図7)
? 事業実施前は、地域のネットワークを構成する地縁団体の活動が停滞。
? 「学校支援」という名目で会議体を組織化することで、関係者間の「意見交換」や
「情報交換」を促し、子どもの教育に関わる教員や住民の間の関係を形成。
? 既存の組織では「学校支援」を行えないため、組織?団体の活性化や組織化、「転
用」も起きている。
? 社会的ネットワークが形成される過程での「信頼」の変化
? 事業実施前は教職員が住民に直接的?対面的に接触し、インフォーマルに協力を依頼。
? 実施後は、仲介の「窓口」たるコーディネーターに信頼のおける人物を置くことで、
コーディネーターへの信頼を根拠に、新たな地域人材を受け入れていく体制となる。
? 信頼関係の維持や発展には、活動への評価やフィードバックという「投資」も必要。
? 「信頼」を広げるために地域住民に「学校支援」に関する活動を周知することも重要。
ネットワーク会議
壮年団
PTA
老人クラブ
各種団体
婦人会
おやじの会
壮年団
PTA
老人クラブ
各種団体
婦人会
事業実施前
事業実施後
青少年健全育成
会議
図7 佐伯市における
ネットワーク構造の変化
7章 学校支援を通じた社会関係資本の再構築の過程―大分県佐伯
市の「協育ネットワーク構築推進事業」を事例として―(4)
? 7章の分析結果が持つ示唆
? 既存の中間集団を利用したネットワークの再構築の方法
? 会議体を組織し、既存の「関係基盤」の「連結性」を強めたり、別の形で「関係基
盤」を再組織化していくことによって、地域の社会関係資本の充実が図られていた。
「学校支援」はこの新たなネットワークを形成するための枠組みである。
? ネットワークの構築における「信頼」の役割
? 対面的な接触の場面が減少した時の新たな「信頼」形成の方法:信頼のおける人物か
らの紹介を基盤に、その後の活動を通じお互いに理解し合うことで、関係が広がる。
? 中間集団という「関係基盤」が崩れた場合にも、それを代替するような対面的な接触
の機会を創出することが重要。この関係を起点にして、社会関係資本の構築がなされ
る。各公民館にコーディネーターを配置することの意味は「信頼」を担保すること。
? 社会的ネットワークを構築することの2つの意味
? 新たに構築されたネットワークを通じて「学校支援」の人材を探すことができること。
? ある目的で築かれたネットワークは、別の目的にも「転用」可能であること。
? 地域の「関係基盤」の「連結性」を強め、「関係基盤」を再構成することを通じて、社会
的ネットワークを組み直していくことに社会教育の現代的な役割が見出される。
8章 地域の社会的ネットワークと社会教育関係職員
の「専門性」の関係 (1)
? 8章の目的:飯田市の公民館主事と、佐伯市の校区コーディネーターの事例から、
(1)公民館の職員は地域の社会的ネットワークのどこに位置づけられるのか、
(2)このネットワークの中で、職員がどのように力量形成を行っているのか、
(3)この職員の役割はこれまでの社会教育論で期待されてきた役割とどのように異
なるか、を明らかにすること。
? 従来の公民館職員の「専門性」論
? 権利論的アプローチ:職員の「専門性」を「専門職化」に結びつけ、住民の学習
権保障という視点に立脚し、職員の身分の保障や安定性に着目する視点。
? 機能論的アプローチ:公民館主事の「専門性」を、職務内容から把握し、公民館
主事に固有の役割を明らかにしようという視点。
? 学習論的アプローチ:成人学習理論の知見を取り入れ、公民館職員の「専門性」
に迫ろうとするアプローチ。
? これら3つのアプローチは、学習や実践の場における、職員と住民、学習者の社
会的ネットワークを基盤にして相互循環的な関係をなしており、社会的ネット
ワークの保障のために必要な条件整備や力量形成の仕組みが「専門性」に関する
議論として展開されてきた。
? しかし、社会的ネットワークの動態を、職員、学習者、住民による相互の対話と
変容に注目して捉えていく試みは決して十分でなかった。
? そこで、職員へのインタビューを通じて、社会的ネットワークと「専門性」の関
係を明らかにする。
8章 地域の社会的ネットワークと社会教育関係職員
の「専門性」の関係 (2)
? 長野県飯田市の公民館主事の事例から
? 公民館主事は、20代から30代の「若手」が異動の中で経験する1つの職務で、
異動前に「専門性」と呼べるような内実は存在しない。
? 公民館への異動前に「専門性」が期待されるのではなく、公民館に勤めるこ
とを通じて「地域に育てられ」、行政に戻ってくることが期待されている。
? 公民館で身につけられる「触媒」としての役割や、「利害調整」「人脈」づ
くりといった「手法」は、異動後の行政の職務においても、住民の側に立ち、
住民の目線で仕事をするといった形で活かされている。
? この「専門性」の構造は、飯田市の公民館?分館システムと密接な関わりが
ある(図8)。
? 飯田市の公民館は基礎に分館活動が存在し、その基盤に地区の中間集団
が位置するという三層構造をなしている。
? 公民館主事は、この構造のもとで、本館で専門委員会の部員とともに活
動をすることによって、地域活動の中で得られた経験や知識、時には彼
らが有する社会的ネットワークを参照することが可能となっている。
? このネットワークの構造によって、公民館主事がその力量を高めるのに
必要な「手法」を学ぶためのインフォーマルな学習機会が作り出されて
いる。
地域内の中間集団
分館組織
文化部
広報部
体育部
壮年団
消防団
PTA
老人クラブ
各種団体
本館組織
各地区から役員を選任
文化部
体育部
広報部
公民館主事
図8 飯田市の社会的ネットワーク
における公民館主事の位置
8章 地域の社会的ネットワークと社会教育関係職員
の「専門性」の関係 (3)
? 大分県佐伯市の校区コーディネーターの事例から
? 佐伯市では学校と地域をつなぐ「窓口」として、公民館に社会経験の豊かな
校区コーディネーターが配置されている。
? その多くは50代から60代で、その社会経験を一種の担保として、学校や地域
での人材のリクルートを任されている人々である。
? すでに多くの社会的ネットワークを有するコーディネーターは、学校と地域
をつなぐ「仲介役」や「パイプ役」として、もしくは活動の触媒になるとい
う意識を持って活動を行っている(図9)。
? 活動を通じて、「関係基盤」としての中間集団を活性化し、集団同士を
つなぎ直していくことで、既存の社会的ネットワークを編み直していく
役割が期待されている。
? 元々の社会的ネットワークが少ないコーディネーターの場合にも、公民館に
おけるつながりや、校区ネットワーク会議での対面的な接触を通じて、新し
く社会的ネットワークを広げていくことが可能な構造が存在する(図9)。
? 校区コーディネーターが公民館に配置され、校区ネットワーク会議の事
務局を務めることにより、地域の中で中心的な存在である住民との接触
の機会が開かれている。
? これらの点を総合すると、校区コーディネーターは、地域の社会的ネット
ワークの中で、その「専門性」を育んでいると言える。
ネットワーク会議
青少年健全育成会議
壮年団
PTA
老人クラブ
各種団体
婦人会
おやじの会
コーディネーター
図9 佐伯市の社会的ネットワークにおける校区コーディネーターの位置
8章 地域の社会的ネットワークと社会教育関係職員
の「専門性」の関係 (4)
? 8章で得られた知見:社会的ネットワークの中で育まれる「専門性」
? 公民館に配置される職員は、行政職員でありながら、地域の社会的ネット
ワークに埋め込まれることで、行政と地域社会とをつなぐ接点としての役
割を果たしている。
? 地域住民から見た時に、行政の「職員」であるという肩書きは、住民からは捉え
づらい地域の社会的ネットワークの結節点を指標するものである。
? 行政によって公民館に配置される職員は、その職務上、地区の社会的ネットワー
クの中に、埋め込まれざるを得ない。逆に言えば、地域の社会的ネットワークに
埋め込まれていくことによって、地区の住民と「顔見知り」になり、住民のニー
ズや要望を、教育行政に留まらず一般行政にも伝えていく存在ともなり得る。
? この意味で、公民館職員は、行政職員でありながら地域社会の一員でもあ
るという二重性を有する。
? かつての公民館職員の「専門性」論においては、「教育専門職」であり「自治体
労働者」であるという二重性が問題にされていた。これは、行政対住民という外
在的矛盾と、その矛盾を反映した法における内在的矛盾を問題にしたもの。
? これに対し8章では、行政と住民という二項の間に位置するコミュニティの構成
に着目し、行政の職員でありながら、コミュニティに埋め込まれ、住民との社会
的ネットワークを築いていくことによって、行政と住民とを媒介していくことに
職員の「専門性」の根拠を見出した。
第2部(実証的研究)のまとめ
? 第2部では、「社会関係資本」の視点を導入することで、ミクロ(個人)レ
ベルの社会的ネットワークと、地域(マクロレベル)の社会的ネットワー
クを媒介する、中間集団の持つ役割、あるいは地域の社会的ネットワーク
の結節点に位置づく職員の役割を議論の俎上に載せることができた。
? 計量分析(5章)と、事例研究(6?8章)を通じて、社会教育行政は、公民
館などの地域施設に職員を配置することで、地域の「関係基盤」と接触を
持ちその教育的機能を発揮できること、あるいは「関係基盤」を形成した
り、基盤自体を再編したりすることを通じて、地域の社会関係資本の形成
に介入できることを示した(図10)。
? コミュニティの形成における社会教育の役割は、「関係基盤」の「重層
性」を高め、「連結性」を強める役割をどのように果たすことができるの
かという点から判断されるべきである。
? このように社会教育を通じてコミュニティを構築していくことには、活動
に関わる人々のインフォーマルな学習を促す意味もあると考えられる。
? 中間集団自体が有する教育機能とともに、中間集団がどのような関係を持って地
域に存在しているかという構造が、インフォーマルな学習にとって重要な要素で
ある。
コミュニティ意識
地域活動への関わり
配置
中間集団への所属
地域における社会関係資本の蓄積
住民
認知的側面
社会的ネットワーク
の形成
相互の信頼
一般行政 社会教育行政
関係基盤=中間集団の
重層性?連結性の向上
職員
力量形成
影響
図10 コミュニティにおける社会関係資本の構築過程と社会教育の果たす役割
9章 結論:コミュニティの社会教育的構成
? 現在の行政とコミュニティの関係において、社会教育とは、住民の関係
の形成を通じてインフォーマルな学習を促し、住民が関係の中で集合的
に社会化されることによって、コミュニティを内的に組み替えていくこ
とであると定義できる。
? これまで、社会教育の役割は、意図的な働きかけ(学習機会の提供)を
行い、主体形成を援助することに求められてきた。これに対し本論文は、
住民同士のインフォーマルな学習が営まれる、関係基盤の形成に社会教
育の役割を求めるものである。
? 社会教育によって、コミュニティは動態的に構成される可能性があり、
この点に社会教育の今日的意義を見出すことができる。
? 地域の社会的ネットワークと、そのネットワークに基づく信頼や、規範、そ
して、この三者に基づく住民の協調行動によって、コミュニティはその構造
を更新していくことが可能である。
? 社会教育行政は、社会的ネットワークの創出に直接関わることはできなくて
も、「関係基盤」の創出や組み替えという営為を通じて、社会的ネットワー
クの構成に間接的に寄与することができる。
9章 本論文の意義
? 社会教育行政研究として:社会教育行政の役割をコミュニティの創出を
通じたインフォーマルな学習の支援として捉え返すことができる可能性
を示したこと。一種の機能論的アプローチ。
? 社会教育職員研究として:社会的ネットワークに埋め込まれた「専門
性」の存在を指摘し、「関係基盤」を形成する「中間支援者」としての
役割を明らかにしたこと。
? 主体形成論に対して:住民の主体形成を地域の社会関係と構造に埋め込
まれた過程として捉え直すことを提起し、コミュニティの構成という点
において社会教育行政論とも接点を持つことを示したこと。
? コミュニティ研究として:社会関係資本の構築過程を住民のインフォー
マルな学習を含む、動態的な過程として描いたこと。調査研究の中で研
究者と行政職員、住民の共同学習を促したこと。
9章 本論文の課題
? 理論研究の課題
? (1)学習に関する権利の位置づけ、(2)近年の教育政策?コミュニティ政策に対す
る距離感、(3)社会関係資本論に依拠することによる筆者の市民像の偏り。
? 実証的研究の課題
? 計量分析:中長期的な視野での研究と、横断型の研究の必要性。
? 事例研究:分析の対象とする範囲の限定性、計量分析とのつながり(特に地縁以外の
中間集団の活動)、社会関係資本の認知的部分への探究の不足。
? 理論研究?実証的研究を通じた課題:コミュニティにおける権力関係への配慮。
? 「コミュニティの社会教育的構成」に関する課題
? (1)社会教育行政組織の再編と、コミュニティの再編の関連性についての発展的な研
究、(2)コミュニティの社会教育的構成についての発展的な分析、(3)社会教育施
設で行われるフォーマルな学習と、地域の社会的ネットワークの中で行われるイン
フォーマルな学習の関係の理論化。
? 上記の課題を持ちながらも、社会教育行政の再編が進み、社会教育の存在意義が揺
らいでいる今日において、コミュニティと社会教育の関連について理論的?実証的
な検討を行い、コミュニティの教育的構成を促す社会教育という結論に至った本論
文は、今後の社会教育研究の方向性を考える上で重要な示唆を持つと考える。

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