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自殺観の歴史的変遷?文化的差異
と現代の自殺対策
末木新
自己紹介
? 和光大学現代人間学部心理教育学科講師(2012年4月~)
? 博士(教育学、東京大学)、臨床心理士(2010年4月~)
? 研究テーマ
① インターネットを活用した自殺予防の実践
② 自殺対策(あるいは心理療法等)の経済的価値
→ 文化や歴史の話をしますが、それらの専門家ではありません
本日の趣旨、伝えたいこと、考えていただきたいこと
? 自殺観は、時代や地域によって異なる=流動的なものである
(共通する部分もある)
? 自殺観は現代の自殺対策に影響を与えている
? 自殺は防ぐべき? 防ぐべきじゃない?
※「いのちに寄り添う人」というタイトルですが…
あえて波風をたてて、寄り添い方に関する提言?を
※ 演者の立場?経験、なぜ今日の依頼を受けたのか
? 本日の参考資料:末木新 (2013). 自殺予防の基礎知識 デザインエッグ社
1. 現代の自殺対策
2. 自殺観の歴史的変遷と文化的差異
3. 結論
目次:自殺と文化
? 自殺対策の発展の歴史、その背景要因
? 自殺対策に対する意識
? 日本において
? キリスト教圏において
年齢調整済自殺死亡率の推移と戦後史
高度経済
成長開始
万博?
70年安保
オイル
ショック
プラザ
合意
アジア通貨危機
消費税増税
自殺対策
基本法
日本における自殺対策の流れ
1945年(戦後)~
自殺対策まで気が回らない c.f. アフリカ諸国
1955年(第1次急増期)~
若年層の自殺が増えると関心が高まり(第1次急増期、
70年代後半)、落ち着くと急速冷める
?~? ~? ~? ~? ~? ~? ~?
1998年 第三次急増期のインパクト
2006年 自殺対策基本法の制定
2007年 自殺総合対策大綱の閣議決定
自殺予防への世界的
関心の高まり
↑
公衆衛生学の発展
c.f. 交通事故死亡
ピークは1970年
自殺対策基本法①:目的
第一条 (目的)
この法律は、近年、我が国において自殺による死亡者数が
高い水準で推移していることにかんがみ、自殺対策に関し、
基本理念を定め、及び国、地方公共団体等の責務を明らかに
するとともに、自殺対策の基本となる事項を定めること等に
より、自殺対策を総合的に推進して、自殺の防止を図り、
あわせて自殺者の親族等に対する支援の充実を図り、もって
国民が健康で生きがいを持って暮らすことのできる社会の実現
に寄与することを目的とする。
◆ 地方自治体の責務を定めた結果
自殺予防対策事業を実施していた都道府県?政令指定都市
2002年度:13.6% → 2008年度:98.4%
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_2/pdf/s2.pdf
自殺対策基本法②:基本理念
第二条 (基本理念)
自殺対策は、自殺が個人的な問題としてのみとらえられる
べきものではなく、その背景に様々な社会的な要因があること
を踏まえ、社会的な取組として実施されなければならない。
2 自殺対策は、自殺が多様かつ複合的な原因及び背景を有する
ものであることを踏まえ、単に精神保健的観点からのみならず、
自殺の実態に即して実施されるようにしなければならない。
3 自殺対策は、自殺の事前予防、自殺発生の危機への対応及び
自殺が発生した後又は自殺が未遂に終わった後の事後対応の
各段階に応じた効果的な施策として実施されなければならない。
4 自殺対策は、国、地方公共団体、医療機関、事業主、学校、
自殺の防止等に関する活動を行う民間の団体その他の関係する
者の相互の密接な連携の下に実施されなければならない。
自殺総合対策大綱の見直し(2012年)
◆ 大綱への批判
?全国で画一的
?有効性や効率性、優先順位などの視点が不十分
◆ 見直しのポイント
?「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現」を
目指すことを、大綱の副題及び冒頭で明示
?地域レベルの実践的な取組を中心とする自殺対策への転換
?スティグマの軽減、支援者の連携の強調、
未遂者や若年層への対策の強化
?数値目標に変更なし
ここまでのまとめ
? 現代(日本)において、自殺は予防すべきもの
? その背景には、公衆衛生の考え方がある
(自殺を病気的なものととらえる)
? 一方で自殺は「社会」によって人間が追い込まれた結果であり、
そのような「社会」は望ましくないため変えていくべき、
という考え方もある
1. 現代の自殺対策
2. 自殺観の歴史的変遷と文化的差異
3. 結論
目次:自殺と文化
? 自殺対策の発展の歴史、その背景要因
? 自殺対策に対する意識
? 日本において
? キリスト教圏において
統計的生命の価値(Value of Statistic Life)
◆ 定義
ある事象に起因する統計的死亡を回避するための支払意思額
(Willingness to Pay:WTP)を集計し、便宜的に1人の統計的
死亡を回避するための支払意思額を計算したもの
◆ 計算方法
リスク削減幅に対するWTPをリスク削減幅で除したもの
例:自殺死亡のリスクを1/10万だけ小さくすることに対し
1000円の支払いをしても良いと考えた場合
統計的生命の価値:1000円÷1/10万=1億円
統計的生命の価値の算出方法
◆ ヘドニック?アプローチ(Hedonic Approach)
命の危険性?安全性と金銭とのトレード?オフ関係に着目
例1 「より危険な仕事の報酬は高くなる」(賃金プレミアム)
例2 「より安全性の高い車は高価格である」(車の販売価格と安全性)
最も多く使われるのがヘドニック賃金法(Hedonic Wage Method)
◆ 仮想評価法(Contingent Valuation Method)
特定のサービスの現状を説明した上で、その内容や質の変更に対して
どの程度の支払いをする意思があるか(WTP)を直接質問する方法
→ 交通事故死亡リスク50%削減に対するWTP=6782円
→ VSL=2.26億円(内閣府, 2007)
調査の概要
死亡リスクや自殺の現状に関する説明
あなたの自殺死亡リスクが25%減る対策に対して
○○円の税負担に賛成? 反対?
2倍の額なら
賛成? 反対?
半額なら
賛成? 反対?
○○円の部分をランダムに変えたデータを大量に取得することで、
各支払額に対する賛否の確率分布を得て、そこから平均値や中央値を推定
賛成 反対
自殺対策に対する意識:結論
多くの人はそんなに「自殺対策」をされることを望んでいない
(少なくとも、交通事故対策よりは)
◆ 根拠(Sueki, Death Studies, 2015)
① 自殺対策を元に計算したVSLは3144万円
→ 他の死亡事象対策の1/10
②同一対象者から事故を元に計算したVSLは2億9600万円
(未発表)
Sueki, H. (2015). Willingness to pay for suicide prevention in Japan.
Death studies DOI:10.1080/07481187.2015.1129371
ここまでのまとめ
? 現代(日本)において、自殺は予防すべきもの
? その背景には、公衆衛生の観点と社会学の観点がある
? しかしながら、結局のところ、多くの人は自殺対策はお金を
十分にかけるべき大事なものだと思ってない(理由未解明)
← 今ここ
? だとすると、我々は「自殺対策」の是非についてどう考える
べきなのだろうか?(それでも自殺対策大事って言える?)
← 次の話
1. 現代の自殺対策
2. 自殺観の歴史的変遷と文化的差異
3. 結論
目次:自殺と文化
? 自殺対策の発展の歴史、その背景要因
? 自殺対策に対する意識
? 日本において
? キリスト教圏において
日本における自殺観:西欧からの視点
◆スチュアート?ピッケンの説:『日本の自殺』、イギリス人哲学者
? 日本は自殺と親和的(※ 日本の自殺率が国際的に見て、
常にトップなどという事実はもちろんない)
? 語彙は文化の特性を見る際の重要な指針となる
ある種の語彙の増殖がその文化の中で見られるとしたら、その語彙で
表現されるものはその文化の中で特別の地位を得ているはず
例:エスキモーの持つ雪に関する語彙
? 日本語はヨーロッパ諸言語に比べて自殺に関する語彙が豊富
で描写的(自殺との親和性が高い) 例:自決、玉砕、死花 etc
? ヨーロッパ系諸言語は語彙が少なく評価的(侮蔑の意味を含む)
古事記における自殺の記述①
◆弟橘比売命(オトタチバナヒメノミコト)
? 倭建命(??????????)の東国遠征
? 焼津で相武(????)国造(???????)に火攻めにされるも、
草薙剣によって難を逃れる(焼津の語源)
? 走水海に至った時、海は荒れ狂い先に進むことが不可能に
(三浦半島→房総半島)
? 弟橘比売命が入水し、神の怒りを鎮める
? 歌:さねさし 相武の小野に 燃ゆる火の
火中に立ちて 問ひし君はも
(焼津の時、助けてくれて感謝!)
古事記における自殺の記述②
◆忍熊皇子(オシクマノオウジ)
? 古代日本の皇族、第14代仲哀天皇皇子、応神天皇(15代、
異母兄弟)と対立
? 誉田別尊(?????????、後の応神天皇)を神功皇后が出産後、
皇位の移動を恐れ、皇后軍と対立
? 将軍、武振熊(??????????)の策により追い込まれ、
五十狭茅宿禰(???????)とともに入水自殺
? 歌:いざあぎ 振熊が 痛手負はずは にほ鳥の
淡海の海に 潜(かづ)きせなわ
(武振熊の手にかかり痛手を負うのを待つより、
いっそ死んだ方がましだろう)
古事記における自殺の記述③
◆木梨軽皇子(?????????)と軽大娘皇女(?????????)
? 衣通姫(??????)伝説=心中に至る恋愛叙事詩
? 木梨軽皇子は、允恭天皇の第一皇子、皇太子(後に廃太子)
? 同母妹の軽大娘皇女と情を通じる
? 近親相姦がバレて、支持者を失い、弟の穴穂皇子(??????、
後の安康天皇)が皇位継承
? 伊予へ流された木梨軽皇子を軽大娘皇女が追ってきて、
ともに自害する
? 歌:多数
古事記における自殺の記述④
◆目弱王(メヨワノミコ)と都夫良意富美(ツブラオホミ)
? 安康天皇は、目弱王の父?大日下王(????????)を誅殺
? 目弱王の母?長田大郎女(???????????)は安康天皇の皇后に
? 7歳の目弱王は父と母の会話を聞き、実父が天皇に殺された
ことを知り、天皇を殺害(目弱王の変)
? 目弱王は都夫良意富美の家に逃げ込む
? 大泊瀬皇子(後の21代雄略天皇、安康天皇の同母弟)の兵に
攻められ、都夫良意富美は目弱王の頼みで目弱王を殺害、
後に自害
? 大泊瀬皇子はこの過程で政敵を一掃し、天皇へ
古事記における自殺:まとめ
◆これらの自殺は日本における美的自殺を先取り?
? 弟橘比売命:義による自己犠牲的自殺
? 忍熊皇子、目弱王、都夫良意富美:敗戦後の自殺
→ 武士道精神? 切腹の美学?
c.f. 1869年、小野清五郎の切腹廃止の建議案の否決
(1873年新刑法にて廃止)
? 木梨軽皇子と軽大娘皇女:心中
→ 近松門左衛門の「曽根崎心中」(1703年)とその後の心中の流行
→ 日本においては珍しい自殺禁止令へ
1. 現代の自殺対策
2. 自殺観の歴史的変遷と文化的差異
3. 結論
目次:自殺と文化
? 自殺対策の発展の歴史、その背景要因
? 自殺対策に対する意識
? 日本において
? キリスト教圏において
古代ギリシャ都市国家における自殺への態度:西欧的伝統
◆ プラトン:「パイドン」(自殺論の古典)
? 自殺は、禁止されるべきもの
? 理由は、人は神の所有物だから(勝手はダメ!)
◆ アリストテレス:「ニコマコス倫理学」
? 自殺は、禁止されるべきもの
? 理由は国家に対する不正だから(コミュニティの棄損)
→ 禁止と言うからには、自殺はそれなりに生じていた
→ 抑止の方法は、遺体への罰(右手を切り離して埋葬)
キリスト教と自殺①
◆ キリスト教の変化
?ユダヤ教の宗教改革として出現≒マイノリティの宗教
→ 自殺に対する寛容な態度
?テオドシウス帝によりローマ帝国での国教化(392年)
→ 自殺の禁止は修道院制度(共同生活場)の発展と並行している
c.f. 仏教における出家と似ている(例:『源氏物語』)
◆ アウグスティヌス:「神の国」(413-426年)
354-430年、古代キリスト教の神学者
モーゼ(預言者)の十戒のひとつ「汝殺すなかれ」という
掟を他殺のみならず自殺にも当てはまると解釈した
→ 容認されていた自殺は宗教上の罪へ
キリスト教と自殺②
◆トマス?アクィナス:「神学大全」(13世紀)
1225年頃-1274年、中世ヨーロッパの神学者、哲学者
? アウグスティヌスの見解を継承
? 自殺が禁止されるべきである理由を3点あげた
① いかなるものも自然本性的に自らを愛するはずであり、
自殺は自然法と愛徳に背く
② 人間は共同体の一部であり、自殺は共同体を棄損する
③ 生命は神によって人間に与えられたものであり、自殺は神への罪である
→ 自殺ダメ!の背景理論は出尽くした?
なぜ自殺が起こるのか?:宗教的説明
◆第十六トレド公会議(693年)での解釈
自殺の動機は絶望に由来するとした
◆絶望とは?
? 絶望(despair)の語源はラテン語のdesperatio
? Desperatioはもともと医者に「回復の見込みなし」と
見放された患者の病状を形容する語
? アウグスティヌス以降、desperatioは神の恩寵に希望を抱く
ことができない状態とされる(c.f. 所属感の減弱)
? 人が絶望に陥ってしまうのは、「悪魔」の仕業
自殺に関する市民法の変遷:イギリスを対象に
◆ エドガー王の法例(967年)
? 自殺者に対してキリスト教会の葬儀と埋葬を禁じるという
従来の教会法を市民法として王が認める
→ 市民法による教会法の追認 ≒ 教会権力の絶頂期
→ 自殺は犯罪に。予防策として厳しい罰が実施 c.f. 17世紀文化研究
例:遺体の市中引き回し、串刺し、木の杭で心臓を打ち抜く
? 精神異常の自殺者に罰則が適用されないことも明確化
ブラーガ公会議(561年)から精神異常による自殺は罰則の除外と規定
? 悪魔を自殺の原因とした
自殺に関する市民法の変遷:イギリスを対象に
◆ 自殺に関する法のその後
1823年 教会への埋葬の許可、時間帯等の限定あり
1882年 通常の時間帯における儀式を伴う埋葬の許可
1870年 自殺者の財産没収の廃止
1879年 殺人から自殺が除外(ただし、自殺未遂者は懲役2年)
1961年 自殺に対する制裁としての法的罰則が完全に排除
◆ 悪魔の機能、精神障害の機能
悪魔の存在はどのような機能を持っていたか?
西欧圏において自殺者が精神障害に罹患していた割合が高いのはなぜか?
→ 本人?家族の免責? 合理化による不安の低減
1. 現代の自殺対策
2. 自殺観の歴史的変遷と文化的差異
3. 結論
目次:自殺と文化
? 自殺対策の発展の歴史、その背景要因
? 自殺対策に対する意識
? 日本において
? キリスト教圏において
本日のまとめ
? 公衆衛生の発展で自殺は「予防」すべきものになっている
? 自殺は社会構造によって引き起こされるものであり、そのような「社会」
を変えるべきという考え方も優勢に
? 西欧では、もともとは自殺は禁止されたもの(罪)であり、罰の対象。
その罪を許すために「精神障害」のような外的なものが説明に使われた?
今の日本は「社会」(≒世間、他人)を使っている?
? 一方、古来より日本では、自殺は外的な「悪」によって引き起こされる
禁止されるべきものと位置づけられず、むしろ美的な形で受け入れられる
場面も?
? であれば、自殺対策は「予防」一本でいいのだろうか? 例えば、自殺の
意味づけを変え、自殺の過剰(c.f. 追腹)が起きないようにしながら、
自殺をより容易に受け入れられるようにといった方向はありえないのか?

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