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オセロ界はソフトといかに
向き合ってきたか
人類は人工知能にいかに立ち向かうのか②
中森弘樹(日本オセロ連盟六段)
オセロの基礎知識
? ありがちな誤解 :オセロの勝敗は運で決まる?
? オセロは将棋や囲碁やチェスなどと同じ二人零和有限確定
完全情報ゲームであり、偶然(運)には左右されない。
? オセロの歴史
○ 故?長谷川五郎氏が考案 ? 1973年に商品化され、空前の大ヒット
○ 1973年 第1回全日本オセロ選手権開催(~現在まで)
○ 1977年 世界オセロ選手権大会開催(~現在まで)
○ 2006年 従来の全日本選手権と名人戦に加えて、王座戦の創始
?以後は三大タイトル制となり、各優勝者が世界選手権の代表に
○ 過去から現在にいたるオセロが最も強い国は日本(競技人口の桁が違う)
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オセロの基礎知識
? オセロのルール
○ 8×8の盤で、初期配置(右図)から
黒→白→黒…の順番で、相手の石を
挟めるマスに交互に着手する。
○ 打てる箇所がない場合は、パス。
○ 盤が全て埋まるか、黒も白も打てる箇所がなくなると、試合終了。最終的に
石が多い方が勝ち。? 必ず60手以内で終局する。
○ 競技オセロの大会形式:参加者が一日に6~7試合を戦い、優勝を競う。
? オセロの戦略
○ 自分の打てる箇所が多い(≒自分の色の石が少ない)ほど有利
? オセロにプロはない(過去から現在に至るまで)
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私はオセロがそれなりに強かった
? 主な戦績
○ ネットでオセロを始めたのは2002年頃、初めて大会に出たのが2004
年
○ 2009年度王座戦準優勝(あと1回勝てば世界戦に行けたのに…)
○ 公式レーティング(日本ランキングのようなもの)最高4位
○ 2007,2010,2011年度オセロ近畿?北陸名人
○ 全日本選手権最高4位(2006年)、名人戦最高3位(2013年)
○ 最近も関西選手権優勝(2015年)、レート最高10位(2016年)など
? しかし現在は69位…
? そんな私がedax(現在最強と言われているオセロプログラ
ム)と対局すると…
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人類がソフトに敗北を認めた日
? 1997年、当時の世界チャンピオン村上健七段(当時)が
Logistelloと6番勝負を行い、全敗する。
? 「私が生きている間、努力を続けても追い付かないほど『ロ
ジステロ』は強いと思った。人間には手が届かないところに
いってしまっている」(「朝日新聞夕刊」)
? この対局は、村上健七段が色々な意味で準備を怠って臨んだ
ことがオセロ界で物議を醸した。
○ 現在の将棋の電王戦のように、人間とソフトの対戦自体をコンテンツ
化したり、延命させたりすることはできなかったのか?という指摘も
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オセロのソフトとは
? 代表的なソフト
○ Logistello:初期の最強ソフト。1997年に村上九段に圧勝した。
○ Wzebra:90年代から00年代頃まで広く普及し、研究に使われた。
○ Edax:現在最強と謳われるソフト。現在、多くの人間のトッププレイ
ヤーも研究に使用している。
? なぜオセロでは早い時期に人間がソフトに敗北したのか
○ オセロにはプロ制度がなかったので、人間のレベルが低かった
○ 盤面が8×8と狭く、手数も決まっているため、ソフトが解析しやす
かった(それに対して囲碁や将棋は分岐が多い)。
○ 特に、終盤(ソフトや設定にもよるが、ラスト20手~30手ぐらいま
で)は全ての手を読み切ることができるため、絶対に間違わない。
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2000年代前半のオセロ界
? インターネットによるオンラインオセロ対戦の普及
○ 「暗記オセラー」の出現:大会ではなくインターネットでオセロを始
め、ソフトで序盤を研究して強くなるプレイヤー
○ 「ソフト打ち」の出現:インターネット対戦でソフトに代打ちさせる
こと。当然のことながら、ズルとしてプレイヤーからは嫌われる。
○ インターネットで高段者を含む人間を圧倒するソフト打ち
○ ネットでオセロを始めたプレイヤーがリアルの大会にデビューする。
? その頃のオセロ高段者たち
○ 大会育ちの高段者たちは、ソフトを十分に活かそうとはしなかった。
? 大会育ちのベテラン高段者 vs 若手の暗記オセラーの構図
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ソフトによるオセロ戦術の変化①
? 「変化」という概念の変容
○ 従来、「変化」とは人間によって確立された定石から意図的に外れた
新手を打つことを意味していた。
○ ソフトが最強になって以降、対人戦における「変化」とは、ソフトが
解析?研究したBOOK(定石)が示す最善手とは異なる手(評価値的
には悪い手)を意図的に打つことを意味するようになった。
○ 大会育ちのベテラン高段者たちは、意図的に(あるいはソフトによる
研究をしていないため非意図的に)最善進行とは異なる悪手を打つこ
とで、ソフトのBOOK通りに打ってくる暗記オセラーの研究を外し、
自力勝負に持ち込むことで、暗記オセラーたちに勝利していった。
○ 2000年代前半に出現した暗記オセラーたちは、まだ相手の変化や終盤戦に
弱く、ベテラン高段者たちの牙城を切り崩せなかった。
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BenSeeley vs 為則九段
? Ben Seeley選手の出現
○ ソフトの研究による序盤の知識と、変化された後の対応力や終盤力と
いった自力の両方を兼ね備えたアメリカ人プレイヤー
○ Seelyに日本の高段者は苦戦(Seelyは2003?04年と世界戦を連覇)
? 為則九段がソフトを活かす
○ 為則英司:現在でも歴代最強と言われているオセロプレイヤー。
○ 為則九段は、1990年代の時点で世界戦を五度制するなど、すでにレ
ジェンドプレイヤーだったが、久々にオセロに復帰して出場した2004
年の世界戦で、Seelyの強さに衝撃を受ける。
○ 後に為則九段は、Seelyと同じくソフトによる研究を取り入れ、
2005?06年の世界戦を連覇する。Seelyへのリベンジに成功。
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為則九段の与えた影響
? 為則九段のソフトによる研究を活かした打ち回し
為則 vs Kashiwabara(世界戦2005準決)
柏原はこの進行を終局まで調べて把握して
いたが、為則も終局まで最善進行でついて
いった(為則もソフトでかなり研究して
いたと思われる)。結果は引き分け。
○ 最強のベテラン高段者が、ソフトを用いた序盤研究を駆使して世界戦
を連覇したことは、他の日本人プレイヤーたちにも、ソフトを使用し
た研究の重要性を知らしめることになった。
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ソフトによるオセロ戦術の変化②
? <真理>の所在の移動
○ ソフトが強くなる以前は、人間の高段者の思考が最善手の根拠であり、
彼らの研究した定石や実践譜が他のプレイヤーの教科書だった
○ しかし、ソフトが人間を上回ってからは、コンピューターの思考こそ
が絶対的な最善手の根拠になった。
○ この傾向は、最強の高段者である為則九段がソフトから多くの手を教
わって世界戦を勝利して以降、より顕著になった。
? その影響
○ 人間の強豪同士が対戦した棋譜の価値の低下
○ 最善手は、探索すべき未知のものから、誰でもアクセス可能な既知の
ものへ。ソフトを使えば誰でも棋譜の「答え合わせ」が可能になった
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2000年代後半~現在のオセロ界
? 高梨九段の出現
○ 過去10年で世界戦を4回制覇している、近年最強の天才プレイヤー。
○ おそらく日本初の、コンピューターの研究による緻密な序盤知識と、
あらゆる変化に対応する自力(中盤力+終盤力)を持ったオンライン
オセロ出身のプレイヤー。
○ 高梨九段の出現以降、インターネット出身のプレイヤー全体のレベル
が飛躍的に向上し、同様の傾向を持ったプレイヤーが次々と生まれる。
○ 高梨九段を旗手とした新世代のオンラインオセロ出身のプレイヤーた
ちは、旧世代のオンラインオセロ出身のプレイヤー(暗記オセラー)
たちが為しえなかった、ソフトをあまり使用しないベテラン高段者た
ちの打倒を果たしてゆくことになる。
○ 背景には、携帯電話端末のオセロソフト(アプリ)の普及があった。
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まるでコンピューターのような
? 2010年の名人戦決勝、高梨七段 vs 明石二段(段位は当時)
○ 高梨七段は、ソフトによる解析でも全くミスのない、最初から最後ま
でオール最善手の打ち回しを決勝戦で披露して勝利。
○ まるでコンピューターのような高梨九段のオセロ
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ソフトによるオセロ戦術の変化③
? 最善手と変化
○ ソフトによってどんどん最善手の研究が進めば、プレイヤーたちは最
善手しか打たなくなる??
? おそらく、500通りほど60手(初手~最終手)の最善進行のパターンを記憶で
きていたら、あらゆる最善進行には対応可能である。
? それはトッププレイヤーにとっては不可能ではないが、その場合、結果は引き
分けばかりになる(オセロは双方最善で引き分けと言われている)
○ そこで、特に2000年代半ば以降に進んだのが、対人戦における変化の
研究である。
? 以前の変化は、最善手とされる展開をとりあえず外すだけだった。
? 2000年代半ばからは、事前に最善進行ではない-2や-4の変化をソフトで深く
研究しておいて、実戦で武器として使用する選手が増えた。
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ソフトによるオセロ戦術の変化③
? 「変化の研究」という戦略の有効性
○ なぜ、あえて最善進行ではない展開をソフトで研究するのか
? ソフトによる研究がトッププレイヤーの間に浸透すると、有名なソフトの最善
進行は彼らにとっては知っていて当然になってくる。
? そこで、有名な最善進行をわざと外し、少しだけ自分が不利になる代わりに、
相手の知らない展開に誘導する。
? すると、僅かに不利ではあるが、一時的に「自分だけがソフトで研究していた
展開」になるので、相手にソフトと打つような状況を強いることができる。
? 変化の有限性(≒「オセロの有限性」?)という問題
○ 「ベテラン高段者vs暗記オセラー」から、「最善派vs変化派」の構図
に変化。
○ しかし、有効な変化のバリエーションには限界がある。
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ソフトによるオセロ戦術の変化③
? 変化の有限性(≒「オセロの有限性」?)という問題
○ 変化の「有効期限」の短さ
? 良い変化が見つかっても、一度ソフトによって解析?対策されれば、最善手によっ
て対応されてしまう。変化を発見?ソフトで対策のいたちごっこ。
? その結果、自らの棋譜の公開を拒むトッププレイヤーが増加した。
○ 三大タイトル戦後に作成されていた「棋譜集」の成立が困難に。
○ 全ての最善進行が記憶され、かつ良い変化が枯渇してしまったとき、それで
もオセロの競技性は保たれるのだろうか?
? 携帯端末へのオセロアプリの普及
○ 大会中にも誰でも棋譜の解析が可能に
? 変化が一日ももたないことも(準決勝の変化が決勝で対策されているとか)
○ 大会での、ソフトを使った不正の恐れ(中座問題など)
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オセロとコンピューター
? コンピューターの圧倒的な力
○ 圧倒的な計算量と絶対に忘れることのない記憶力
○ コンピューターによる完全解析も時間の問題?
○ オセロでは、コンピューターこそが「神」
? オセロは、すでに<真理>が存在するゲーム
○ オセロでは、カント的な構図がもはや成立しない。
○ そのとき、ボードゲームはボードゲームのままでいられるだろうか?
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理性による無限の志向
真理
(物自体)
ソフトによる解析
真理
オセロとコンピューター
? コンピューターによる人間のレベルの向上
○ たしかにソフトは、従来のオセロの「面白さ」をかなり失わせた。
? 高段者の権威、棋譜の価値、無限性、最善手の追求、ネット対局の面白さ
○ しかし、ソフトは同時に、人類のオセロレベルを飛躍的に向上させた。
? まるでコンピューターのようなプレイヤーの出現
? ソフトに敗北して20年を経た今、人類とソフトの表面上の差はむしろ縮まった
○ 最善手と変化をめぐる人間同士の駆け引きの出現
? 暫定的な結論
○ ソフトの出現による、ゲームが行われる位相の変化
? 真理(最善手)をめぐる戦いから、真理(最善手)を資源として用いる戦いへ
○ 人工知能の台頭は、単に人類の行いを減らすだけではない。
? 環境の変化に応じて、新たにイシューを作り出してしまう(良くも悪くも)が資本
主義的な、あるいは近代的な人間のあり方である。
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他のボードゲームについて
? 他のボードゲームとの比較
○ オセロでの出来事(とそこから得た知見)は、他のボードゲームにも
適用可能か。 ?どこまで一般化して考えることができるか
? オセロで起きる問題は、囲碁や将棋でも後で起きる(by オセロの谷田七段)
○ おそらく、特にこれまでの経緯が似ているのは、チェス
○ しかし、囲碁や将棋は、同じ二人零和有限確定完全情報ゲームであり
ながら、ゲームの中身も置かれている環境もオセロとはかなり異なる。
? プロ制度の有無
○ それにともなう、人間のレベルの高さ
? ゲームの<深さ>
○ 選択肢が多いゲームは、コンピューターが人間を追い抜くのに時間がかかる。
○ しかし、ひとたびコンピューターが人間を追い抜くと、今度はその<深さ>ゆえに、
人間がコンピューターと勝敗を争うことが困難になる恐れがある。
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ご清聴ありがとうございました。
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