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私立大学等改革総合支援事業が
私立大学の教育活動に与える影響
に関する実証研究
松 宮 慎 治 (神戸学院大学)
2017.05.27.
日本高等教育学会
第20回大会 1 – 1 部会
於:東北大学
背景と目的
◇背景
?わが国の大学の8割弱が私立大学であり,大学生の7
割超が私立大学に通う
?一方,今日の私立大学を取り巻く経営状況は厳しい
→私学の個別経営課題であると同時に,公的資金が投
じられていることに鑑みれば国家的な政策課題でもある
→「メリハリある資金配分」(「大学改革実行プラン」)
◇目的
→「メリハリある資金配分」の代表格としての「私立大学
等改革総合支援事業」の効果を検証する
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私立大学等改革総合支援事業とは
?従来基盤的であった経常費補助金をも競争的に配分
する。かつ,一般補助>特別補助(表1)
?「大学改革に資すると考えられる評価項目(設問) と得
点を定めた調査票をタイプ毎に策定し、当該調査票への
各大学等の回答を基に合計得点が高いものから選定す
る」(私立大学等改革総合支援事業委員会,2015)
→評価される取組みがあらかじめ明示されている点にお
いて,従来のGP事業等とは違う
?全私立大学の8割超が申請し,半数が何らかのタイプ
に選定される(表2)
?ガバナンス改革の推進も制度的には期待
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先行研究(1)私学助成の配分方法と効果
①私学経営と関連づける研究:マクロ分析を中心として
影響を描く(丸山 1999,丸山 2002,矢野?丸山 1988等)
②政府との関係に着目する研究:「助成」と「規制」の2軸
とその変容を捉えた政策過程分析(尾形 1978,市川
2004,米澤 1992,2010)
③資金の性格に着目した研究:一般補助から特別補助
へ(白井 2009,水田 2009),プロジェクト助成とそれに備
える体制への要求の高まり(丸山,2005),基盤よりも競
争が教育研究を活性化させる証拠なし(丸山,2013)
→基盤性から競争性に制度的に配分方法が移行しつつ
ある中で,効果に関する実証研究の蓄積が不十分
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先行研究(2)大学ガバナンス改革の効果
?全学的な教学マネジメントによる経営機能の強化が,必ずしも教育の質保
証に結びつかない(大森,2014)
?集権化するガバナンスが,教育研究を停滞させる可能性(Fullan & Scott,
2009)
?本来の学長リーダーシップは独断専行ではなく,教員と議論を共有するこ
とで(絹川,2002)
?日本のガバナンス改革はマネジメント理論に即していない(羽田,2014)
?重要なことは管理職が行う選択ではなく,現実の本質についての人々の合
意(バーンバウム,1992)
?法令?学則が規定するガバナンス構造(権限配分等)は効果との関連が薄
い(Birnbaum,2004)
→集権化を促すガバナンス改革は効果の観点から疑義が多くあるにもかか
わらず,日本では当該改革の推進が私立大学に対しても始まっている
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命題と仮説
◇命題
私学助成の競争的配分と私立大学のガバナンス集権化が,私立大学
の教育活動に与える効果の検証
◇仮説
私立大学等改革総合支援事業タイプ1への選定は,私立大学に脱連
結によるアプローチを促すため,教育の質向上に貢献しえない。ガバナ
ンスも教育の質向上に意味をもたない。
◇仮説設定の理由
本事業の設計は,現場の教育活動の改善以上に「選定されるか否か」
に目が向きやすい。この状態は新制度派組織論の「脱連結」
(Meyer&Rowan, 1977)現象に枠づけることができる。また具体的な脱連
結行動としては,本来の目的と異なる趣旨での現象拡大を扱う政策過程
研究,特に「準拠集団の模倣」や「水平/垂直的波及」等と親和的である。
さらに,先行研究に鑑みて,ガバナンスの集権化が教育改善等に普く効
果があるとは考え難い。
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分析課題とデータ
◇分析課題
分析課題①私立大学等改革総合支援事業タイプ1への申請
/非申請,選定/非選定を規定する要因は何か。
分析課題②私立大学等改革総合支援事業タイプ1への選定
実績は,教育の質向上に貢献しているのか。
分析課題③:(①②を通じて)ガバナンス(「決定権限の所在」
「学内の合意形成の程度」)は,教育の質向上に貢献してい
るのか。
◇分析の枠組み(図1)
◇データ:「私立大学等改革総合支援事業」の影響に関する
調査」(2016(平成28)年10月から11月にかけて実施,最終回
収率33.1%,用いた変数は表3のとおり。)
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タイプ1への申請/非申請,選定/非選定
の規定要因(分析課題①)
◇申請/非申請の規定要因
?データの制約から環境要因のみに着目した分析を行っ
たが(表4),実質的科学的な差異は導出しにくい
→大半の大学は申請するという事実による
◇選定/非選定の規定要因
?選定実績を従属変数,主体要因と環境要因を独立変
数とした二項ロジスティック回帰分析を行った
?具体的には,(1)環境要因と主体要因のそれぞれで階
層的モデルによる変数投入を行い(表5,6),(2)それぞ
れでビビットに効いていた要因を同時に投入した(表7)
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分析課題①の結果
(1)大半の大学は,タイプ1に申請している。タイプ1に申
請しない大学はきわめて少ない
(2)(1)の制約を前提として,規模の大きさと威信の高さ
が,タイプ1への申請行動を規定する可能性はある
(3)「体力」があるとタイプ1に選定されやすい
(4)タイプ1には,脱連結行動をとるほど選定されやすく,
非脱連結行動をとるほど選定されにくい,という逆機能が
働いている
(5)ガバナンス(「決定権限の所在」「学内の合意形成の
程度」)は,タイプ1への選定/非選定に意味をもたない
(→分析課題③)
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タイプ1への選定実績と教育の質変動との
関連分析(分析課題②)
◇予備分析
?モデルの倹約性と適合性の観点から,因子分析によっ
て変数を縮約した(表8)
◇選定実績と教育の質変動との関連分析
?調査票の問12を統制変数「3年間の教育の質変動(総
合)」,問13を従属変数「3年間の教育の質変動(タイプ1
への申請/非申請行動による)」として扱う(図2)
?環境要因と主体要因のそれぞれで階層的重回帰モデ
ルを構築し(表9,10),(2)それぞれでビビットに効いてい
た要因を同時に投入した(表11)
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分析課題②の結果
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(1)タイプ1への選定実績は,近年3年間の教育の質
向上に意味をもたない
(2)規模の小さい大学でないと,事業の趣旨に合致
した質向上が展開しにくい
(3)タイプ1へのアプローチを機に,学内の取組みを
見直し,合意形成を図ることが重要(→分析課題③
に関連)
(4)政府が推奨する活動を取り入れようと意図する
ことが重要
(5)ガバナンス(「決定権限の所在」)は,近年3年間
の教育の質向上に意味をもたない (→分析課題③)
調査票における自由記述欄の回答分析
?19件の回答を「積極的評価」「葛藤」「消極的評価」
の3つに分類し,各々において個々の記述にどのよ
うな含意が示されうるのかを解釈
?(1)経常費補助金担当者にとって,当該事業は何
らかのタイプにエントリーする以外の選択肢は考え
にくい,(2)だがエントリーすることによって,学内リ
ソースが多く消費される,(3)経常費補助金担当者
は,この事業によって私学の独自性が減衰すること
を危惧している,(4)評価軸が単一であるため,現実
には評価されにくい機関や個別の活動が存在すると
いったネガティブな示唆
?主体的に利活用することによって効果に肯定的な
実感を得ている担当者の存在
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結論(1)分析課題①結果の解釈
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?大半の大学は申請する事実が明らかとなった
?選定の規定要因は「体力」,そして脱連結行動を
とること,また非脱連結行動をとらないこと→このこ
とからは,選定のためには,実際の活動(本音)で
はなく,当該事業への選定を目的とした行動(建
前)が必要となることが示唆される
→つまり,私立大学等改革総合支援事業タイプ1
への選定は,私立大学に脱連結によるアプローチ
を促している
→仮説の前半(脱連結アプローチを促進)を支持
結論(2)分析課題②結果の解釈
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?タイプ1への選定実績は,近年3年間の教育の質向上に意
味をもっていない
→仮説の中盤(選定は,教育の質向上に貢献しえない)を
支持
?ただし,選定?非選定に関わらず,教育の質向上には,タ
イプ1への申請/非申請行動をめぐって学内の取組みを見
直し,合意形成を図ることや政府が推奨する活動を取り入
れようとする意図が貢献していた
→申請/非申請行動をめぐる学内のプロセスが影響してい
る可能性はあるものの,大学運営の在り方(合意形成等)
自体が教育の質向上に貢献していると推測。
?学内のプロセスは急に変容しないのではないか?
?元々そうした行動をとっている大学であるからこそ,選定
の有無に関係なく,教育の質が向上するのかもしれない
結論(3)分析課題③結果の解釈と,
全体を通しての示唆
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◇分析課題③
?「決定権限の所在」は,私立大学の行動選択にも,教育の質向上に
も意味をもたなかった
?一方,「学内の合意形成の程度」は,教育の質向上に貢献していた
→仮説の終盤(ガバナンスで意味をもつのは,決定権限の所在では
なく,学内の合意形成の程度である)を支持。先行研究とも一致
◇示唆
?選定のために脱連結行動が求められる
→ステークホルダーの評価との乖離が生じやすい可能性
?副次的効果としてのガバナンス改革の敷衍は失敗
→ガバナンスよりも,組織に合ったマネジメントの重要性
?プロセスが大事なら…→GP事業を再評価できる可能性
限界と今後の課題
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◇限界
?教育の遅効性が考慮できていない
?他の補助金とのバランスによって経営判断を下している可能性を
捨象している
?設計された変数が,必ずしも政府による選定/非選定が何に
よって決まるのか,という論理を踏まえていない
?回答者のバイアスの問題(担当者に対する認識調査の限界→実
態としての成果ではないので,もう少し静態的な解釈が必要か)
?教育の質向上のメカニズムが不透明
◇今後の課題
?高等教育システム(マクロ)レベル,機関(メゾ)レベル,一般教職
員(ミクロ)レベル別のアプローチ
?特にマクロレベルの政策過程と,機関レベルでの受容過程を描
き,効果とのより動態的な関わりを示す
?補助金の効果,教育の質改善や遅効性の検討

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