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(Vol.67) 北の大地にホンモノを求めて:三友牧場?三友盛行さん


ガートナーEXP プログラムでは、年に一度、ちょっと変わったところを訪問します。昨年は九州国立博物
館、一昨年は広島「めがね21」、その前は鹿児島の「A-Z スーパーマキオ」でした。いずれも IT とはほと
んど関係ないのですが、この一連の経験は私の考え方にとても大きな影響を与えてきました。
今回の第4弾は、北海道?中標津の三友牧場です。


「足るを知る」をモットーに、むやみな拡大を目指さない。単位面積あたりの牛の数は付近の牧場の半分以
下、生乳の生産量は3割、それでも十分利益を挙げ、2009 年に NHK「ザ?プロフェッショナル?仕事の
流儀」で取り上げられるなど、近年になって急速に脚光を浴び始めた牧場です。


中標津空港から車で30分。到着した我々は三友夫妻の出迎えを受け、まずは牧場を見せて頂きました。広々
とした牧草地に、牛がいます(あたりまえか)
                    。はたして牛口密度が高いのか低いのか、素人目にはよくわ
かりませんが、牛がやたらと人なつこいのは確かです。一行が三友さんの説明を聞いていると次第に寄って
きて、参加者の足を鼻でつついたりしています。




「一頭一頭、手をかけて育てているので、人が好きなんです」と三友さんは言います。毎朝全ての牛に「お
はよう」と声をかけ、肩(?)を叩いているので、牛が今日はどんな調子なのかわかると言います。
乳牛というとでっぷり太ったお腹を想像しますが、ここの牛はなんだかやせていて、あばら骨が透けて見え
てたりする。「輸入飼料を無理矢理食べさせたりせず、牧草だけで育てているからです。乳の出は悪いかも
しれないけど、牛にとってはやせている方が楽なんです。人間だってそうでしょ?」




それからチーズ工房の二階に上がり、三友さんのお話を聞きます。
三友さんは1945年、浅草生まれ。8人兄弟の末っ子。高校卒業後、軽自動車を買い、日本中を無銭旅行。
ずっと「農民になりたい」という想いがあり、1968年に中標津町に移住し、牧場を開きました。


開業してすぐ、三友さんは当時の畜産業のやり方に疑問を持ちました。効率化?標準化→収益拡大→規模拡
大→都市労働者波の収入=成功、という図式です。
そのために牧場は何をしているかというと、
  牧草でなく、栄養価の高い輸入穀物を食べさせる。
  牛を屋外で飼うと、乳の濃さや搾乳作業が天候の影響を受けるので、牛舎を建て、屋内で飼う。
  搾乳作業をより効率化するために、機械を購入する。
  穀物代、牛舎建設費、搾乳機などの購入費がかさみ、借金を返すために牛を増やす。
  見かけの規模は拡大しているが、経費も増え、収益は上がらない。
  牛は狭い牛舎に閉じ込められ、不自然な餌を与えられ、乳を搾り取られ、不幸な生活を送る。いわば収
  奪農業である。


これはおかしいということで、三友さんはその真逆をやりました。
  牛は牧場で飼う。
  穀物ではなく、牧草で育てる。
  機械などの設備投資は最小限にする。
  見かけの規模は小さいが、穀物代、牛舎建設費、搾乳機などの購入費はかからず、利益率は高い。
  牛は牧場でのびのびと育ち、幸せに暮らす。


真逆と言っても普通に考えるとこちらの方があたりまえな気がするのですが、当時としては非常識だった。
それが今ごろになって脚光を浴びているのは、効率一辺倒の牧場経営はどこかがおかしいと感じる人が増え
始めたこと。また、経費が膨らんで倒産する牧場も出てきて、やっとあたりまえのことがあたりまえと認め
られるようになったからではないか、と三友さんは言います。


企業からの訪問や講演を頼まれることも多いという三友さん、今度は三友さんからみた企業経営の違和感に
ついて話を聞きました。
 企業は成長すること自体が目的であると勘違いし、売上が増えないと不安になる。そこで外部資源を投
 入し、人を会社に閉じ込めて働かせ、売り手優先の商品を作って売っている。いわば収奪経営である。
 「成長をやめる」 規模を縮小する」
        「         という決断をするのは勇気がいる。多くの牧場主はそれができない。
 企業経営者も同じであろう。決断を先延ばしにしながら貴重な資源を浪費している。
 大企業はみんな大学卒。だから似たような考えしかできない。大方の大学生というのは、高校の時に進
 路が決められなくて大学に流れている。だから決断するのも苦手。
 成長の呪縛から離れ、「足るを知る」ことも大事。立ち止まることも積極経営である。
 「成長しない」というのは会社の可能性に枠をはめるように思うかもしれないが、その枠の中にも無限
 の可能性がある。


話を聞いた一行、感心するやら耳が痛いやら..


さて、三友さんの私生活ですが、こんな感じです。
  朝、5時半に起きて牛舎に行き、牛に声をかけ、乳をしぼる。
  牛を牧草地に出す。
  夕方になると、牛が自分から牛舎に帰ってくるので、乳を搾る。
その他にも、子牛の出産とか、具合の悪くなった牛の手当とか、牧草の刈り取りとか、やることはいろいろ
あって、結構忙しそうです。
11月になると牧場は雪にとざされ、ぱったりとすることがなくなる。
そうすると暖炉に火を入れ、音楽を聴いたり本を読んだり、お茶を飲んだり、趣味の木工作業をしたりする。
牧場に何棟かある、手作りの「隠れ家」にこもることもある。




説明を聞いた大きな部屋には大型スピーカーが2台。買った当時、1台で牛一頭分の値段がしたんだとか。
奥様も別のオーディオセットをお持ちで、スピーカーはタンノイ、アンプは真空管。レコードプレイヤーと
大量の LP もある。


部屋にある暖炉は北欧製の鋳鉄。よく見ると、リアドロの陶器人形とか、ウエジウッドのティーカップとか、
なにやら高級そうなものがたくさん置いてある。




三友さん、奥様、お嬢様、それぞれ車を持っていて、全部ベンツ。


フランスにもご夫婦でちょくちょく旅行をし、食事やオペラを楽しんだり、農村を見て回ったりする。
.....
.....


え~い何が「足るを知る」じゃ!
がっぽり儲けて贅沢してるじゃん!
そうお思いかもしれません。


でも、三友さんの話を聞いていると、それが決して成金趣味ではないというのがわかります。


例えば、牛一頭分という高級スピーカー。
これは、中標津に初めて電気が通ったときに真っ先に買ったんだそうです。テレビでも冷蔵庫でもなく、ス
ピーカーですよ!中標津に 1 件のレコード屋にたった1枚だけあったクラシック、ドボルザークの LP を買
ってきて、何度も何度も聴いたそうです。三友さんとしての「優先順位」なんでしょう。
そして、なぜベンツに乗っているか。
ベンツは小さな A クラスから一番大きな S クラスまで、すべて「本物」である。上位クラスにはチーク材
のパネルとか使われているが、基本構造は同じ。日本車は、大衆車クラスと高級車クラスで造りが違い、大
       「木目調のプラスチック」などのまがいものが、大衆車だけでなく高級車にも使われてい
衆車は安っぽい。
る。自分が乗っているベンツは24年経っているが、まだちゃんと補修部品がある。


フランスは、文化が素晴らしい。食文化、農文化、そして芸術。
レストランは安いビストロから高級レストランまでいろいろあるが、すべて「本物」を出す。日本では、1
0万円もするような高級レストランでもまがい物が出てくる。
フランス人は農村が好き。夏には何週間も休みを取って農村地帯に行き、大してお金もかけずにのんびり本
を読んで過ごしたりする。したがって農業に対しても敬意を払い、都会人も農業政策に高い関心を持ってい
る。
ちなみに奥様はフランスの農村でチーズ作りを勉強し、今は三友農場の牛からとれたミルクでチーズを作っ
ています。これが超おいしい。全日空のビジネスクラスで3年間使用され、今度 JAL のファーストクラス
で出されるそうです。


ここまで聞いて、なにか共通点が見えてきました。
結局、三友さんが追い求めているのは「本物」なんだと思います。本物の音楽、本物の車、本物の食、本物
の文化、本物の仕事、そして本物の人生。


食は、自分の農場でできた牛乳、バター、ヨーグルト、チーズ、野菜がある。自分で作ったジャガイモに自
分で作ったバターを乗せた「じゃがバタ」は最高なんだとか。そして、チーズやバターは漁港に持っていく
と新鮮な魚やカニと交換してくれる。


仕事は、自分が「本物」と信じた酪農スタイルを貫いている。後進の指導も始めました。


そして、自然の中で、自然に逆らわず、自然に感謝し、自然のリズムで生きている。


なんという贅沢!


この贅沢さに比べたら、ベンツもタンノイのスピーカーもリアドロの人形も、屁みたいなもんです。三友さ
んも、たまたま買えるお金があったから買っただけで、お金がなければ買わないし、そのことを何とも思わ
ないでしょう。貯金も全然なく、それでも何の不安も感じないと言っていました。


本物の人生とはなにか、ということを、改めて考えさせられた1日でした。


三友さん、Gartner の皆様、ありがとうございました!
(痴辞濒.67)北の大地にホンモノを求めて

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(痴辞濒.67)北の大地にホンモノを求めて

  • 1. (Vol.67) 北の大地にホンモノを求めて:三友牧場?三友盛行さん ガートナーEXP プログラムでは、年に一度、ちょっと変わったところを訪問します。昨年は九州国立博物 館、一昨年は広島「めがね21」、その前は鹿児島の「A-Z スーパーマキオ」でした。いずれも IT とはほと んど関係ないのですが、この一連の経験は私の考え方にとても大きな影響を与えてきました。 今回の第4弾は、北海道?中標津の三友牧場です。 「足るを知る」をモットーに、むやみな拡大を目指さない。単位面積あたりの牛の数は付近の牧場の半分以 下、生乳の生産量は3割、それでも十分利益を挙げ、2009 年に NHK「ザ?プロフェッショナル?仕事の 流儀」で取り上げられるなど、近年になって急速に脚光を浴び始めた牧場です。 中標津空港から車で30分。到着した我々は三友夫妻の出迎えを受け、まずは牧場を見せて頂きました。広々 とした牧草地に、牛がいます(あたりまえか) 。はたして牛口密度が高いのか低いのか、素人目にはよくわ かりませんが、牛がやたらと人なつこいのは確かです。一行が三友さんの説明を聞いていると次第に寄って きて、参加者の足を鼻でつついたりしています。 「一頭一頭、手をかけて育てているので、人が好きなんです」と三友さんは言います。毎朝全ての牛に「お はよう」と声をかけ、肩(?)を叩いているので、牛が今日はどんな調子なのかわかると言います。 乳牛というとでっぷり太ったお腹を想像しますが、ここの牛はなんだかやせていて、あばら骨が透けて見え てたりする。「輸入飼料を無理矢理食べさせたりせず、牧草だけで育てているからです。乳の出は悪いかも しれないけど、牛にとってはやせている方が楽なんです。人間だってそうでしょ?」 それからチーズ工房の二階に上がり、三友さんのお話を聞きます。 三友さんは1945年、浅草生まれ。8人兄弟の末っ子。高校卒業後、軽自動車を買い、日本中を無銭旅行。 ずっと「農民になりたい」という想いがあり、1968年に中標津町に移住し、牧場を開きました。 開業してすぐ、三友さんは当時の畜産業のやり方に疑問を持ちました。効率化?標準化→収益拡大→規模拡 大→都市労働者波の収入=成功、という図式です。
  • 2. そのために牧場は何をしているかというと、 牧草でなく、栄養価の高い輸入穀物を食べさせる。 牛を屋外で飼うと、乳の濃さや搾乳作業が天候の影響を受けるので、牛舎を建て、屋内で飼う。 搾乳作業をより効率化するために、機械を購入する。 穀物代、牛舎建設費、搾乳機などの購入費がかさみ、借金を返すために牛を増やす。 見かけの規模は拡大しているが、経費も増え、収益は上がらない。 牛は狭い牛舎に閉じ込められ、不自然な餌を与えられ、乳を搾り取られ、不幸な生活を送る。いわば収 奪農業である。 これはおかしいということで、三友さんはその真逆をやりました。 牛は牧場で飼う。 穀物ではなく、牧草で育てる。 機械などの設備投資は最小限にする。 見かけの規模は小さいが、穀物代、牛舎建設費、搾乳機などの購入費はかからず、利益率は高い。 牛は牧場でのびのびと育ち、幸せに暮らす。 真逆と言っても普通に考えるとこちらの方があたりまえな気がするのですが、当時としては非常識だった。 それが今ごろになって脚光を浴びているのは、効率一辺倒の牧場経営はどこかがおかしいと感じる人が増え 始めたこと。また、経費が膨らんで倒産する牧場も出てきて、やっとあたりまえのことがあたりまえと認め られるようになったからではないか、と三友さんは言います。 企業からの訪問や講演を頼まれることも多いという三友さん、今度は三友さんからみた企業経営の違和感に ついて話を聞きました。 企業は成長すること自体が目的であると勘違いし、売上が増えないと不安になる。そこで外部資源を投 入し、人を会社に閉じ込めて働かせ、売り手優先の商品を作って売っている。いわば収奪経営である。 「成長をやめる」 規模を縮小する」 「 という決断をするのは勇気がいる。多くの牧場主はそれができない。 企業経営者も同じであろう。決断を先延ばしにしながら貴重な資源を浪費している。 大企業はみんな大学卒。だから似たような考えしかできない。大方の大学生というのは、高校の時に進 路が決められなくて大学に流れている。だから決断するのも苦手。 成長の呪縛から離れ、「足るを知る」ことも大事。立ち止まることも積極経営である。 「成長しない」というのは会社の可能性に枠をはめるように思うかもしれないが、その枠の中にも無限 の可能性がある。 話を聞いた一行、感心するやら耳が痛いやら.. さて、三友さんの私生活ですが、こんな感じです。 朝、5時半に起きて牛舎に行き、牛に声をかけ、乳をしぼる。 牛を牧草地に出す。 夕方になると、牛が自分から牛舎に帰ってくるので、乳を搾る。 その他にも、子牛の出産とか、具合の悪くなった牛の手当とか、牧草の刈り取りとか、やることはいろいろ あって、結構忙しそうです。 11月になると牧場は雪にとざされ、ぱったりとすることがなくなる。
  • 3. そうすると暖炉に火を入れ、音楽を聴いたり本を読んだり、お茶を飲んだり、趣味の木工作業をしたりする。 牧場に何棟かある、手作りの「隠れ家」にこもることもある。 説明を聞いた大きな部屋には大型スピーカーが2台。買った当時、1台で牛一頭分の値段がしたんだとか。 奥様も別のオーディオセットをお持ちで、スピーカーはタンノイ、アンプは真空管。レコードプレイヤーと 大量の LP もある。 部屋にある暖炉は北欧製の鋳鉄。よく見ると、リアドロの陶器人形とか、ウエジウッドのティーカップとか、 なにやら高級そうなものがたくさん置いてある。 三友さん、奥様、お嬢様、それぞれ車を持っていて、全部ベンツ。 フランスにもご夫婦でちょくちょく旅行をし、食事やオペラを楽しんだり、農村を見て回ったりする。 ..... ..... え~い何が「足るを知る」じゃ! がっぽり儲けて贅沢してるじゃん! そうお思いかもしれません。 でも、三友さんの話を聞いていると、それが決して成金趣味ではないというのがわかります。 例えば、牛一頭分という高級スピーカー。 これは、中標津に初めて電気が通ったときに真っ先に買ったんだそうです。テレビでも冷蔵庫でもなく、ス ピーカーですよ!中標津に 1 件のレコード屋にたった1枚だけあったクラシック、ドボルザークの LP を買 ってきて、何度も何度も聴いたそうです。三友さんとしての「優先順位」なんでしょう。
  • 4. そして、なぜベンツに乗っているか。 ベンツは小さな A クラスから一番大きな S クラスまで、すべて「本物」である。上位クラスにはチーク材 のパネルとか使われているが、基本構造は同じ。日本車は、大衆車クラスと高級車クラスで造りが違い、大 「木目調のプラスチック」などのまがいものが、大衆車だけでなく高級車にも使われてい 衆車は安っぽい。 る。自分が乗っているベンツは24年経っているが、まだちゃんと補修部品がある。 フランスは、文化が素晴らしい。食文化、農文化、そして芸術。 レストランは安いビストロから高級レストランまでいろいろあるが、すべて「本物」を出す。日本では、1 0万円もするような高級レストランでもまがい物が出てくる。 フランス人は農村が好き。夏には何週間も休みを取って農村地帯に行き、大してお金もかけずにのんびり本 を読んで過ごしたりする。したがって農業に対しても敬意を払い、都会人も農業政策に高い関心を持ってい る。 ちなみに奥様はフランスの農村でチーズ作りを勉強し、今は三友農場の牛からとれたミルクでチーズを作っ ています。これが超おいしい。全日空のビジネスクラスで3年間使用され、今度 JAL のファーストクラス で出されるそうです。 ここまで聞いて、なにか共通点が見えてきました。 結局、三友さんが追い求めているのは「本物」なんだと思います。本物の音楽、本物の車、本物の食、本物 の文化、本物の仕事、そして本物の人生。 食は、自分の農場でできた牛乳、バター、ヨーグルト、チーズ、野菜がある。自分で作ったジャガイモに自 分で作ったバターを乗せた「じゃがバタ」は最高なんだとか。そして、チーズやバターは漁港に持っていく と新鮮な魚やカニと交換してくれる。 仕事は、自分が「本物」と信じた酪農スタイルを貫いている。後進の指導も始めました。 そして、自然の中で、自然に逆らわず、自然に感謝し、自然のリズムで生きている。 なんという贅沢! この贅沢さに比べたら、ベンツもタンノイのスピーカーもリアドロの人形も、屁みたいなもんです。三友さ んも、たまたま買えるお金があったから買っただけで、お金がなければ買わないし、そのことを何とも思わ ないでしょう。貯金も全然なく、それでも何の不安も感じないと言っていました。 本物の人生とはなにか、ということを、改めて考えさせられた1日でした。 三友さん、Gartner の皆様、ありがとうございました!