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住民サービスポートフォリオの必要性
2017.12.11
一般財団法人全国地域情報化推進協会 吉本明平
官民データを活用した住民サービス提供計画である「住民サービスポートフォ
リオ」を提案する。行政サービスだけでなく、シェアリングエコノミーなど多彩な
地域サービス資源を、住民の現状に合わせ、さらには現状から予測される将来的な
事態に備えて最適に組み合わせ、住民サービスとして提供可能とする。結果、住民
サービスの高度化を実現しつつ、サービス提供の費用対効果を向上させ、行政の実
質的支出低減を実現する。
1 戦略的な住民サービス提供を目指して
EBPM(Evidence Based Policy Making )が求められる今、住民サービスを戦略的に提
供する方向への変革が必要となっている。EBPM とは「証拠に基づく政策立案」と訳され、
データ分析など具体的な証拠に基づいて政策を決定するプロセスのことである。官民デー
タ活用推進基本法(平成二十八年法律第百三号)が制定され、官民データ活用を推進すべく
「世界最先端IT国家創造宣言?官民データ活用推進基本計画」[閣議, 2017]が公開された。
そのなかに「官民データ活用による EBPM の推進」が検討項目としてあげられている。
EBPM の目的の一つは、証拠に基づいて限られた資源を有効に活用することにある。適
切な資源配分、資源投下をデータ分析から割り出し、戦略的に行う。いわば、「資源投下の
最適化」である。人口減や税収減が不可避の状況では必須の取り組みである。
「資源投下の最適化」を住民サービスに当てはめると、個人に提供すべき住民サービスの
最適な組み合わせをいかに戦略的に立案し、コントロールできるかという課題になる。住民
の現状から受動的に決定される住民サービス提供ではなく、行政側の戦略的な意思をもっ
た能動的な住民サービス提供の推進である。
現在、行政が提供するさまざまなサービスについて、それらが総合的に見て最適な組み合
わせで提供されているか疑問が多い。一般的には、住民からの申請に基づき住民の現状につ
いて一面だけを評価してサービスを個別に提供するにとどまっている。申請があれば提供
し、なければ提供しない。サービス提供側である行政による戦略性は見られない。
EBPM を意味あるものとするには、このように受け身に住民サービスを提供するのでは
なく、行政側の戦略として積極的かつプロアクティブに住民サービスを提供する形に変革
していかなければならない。
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2 プッシュ型サービスと予防的サービス提供
プッシュ型サービスの必要性 [IT 戦略本部, 2009]が問われて久しい。申請主義の従来型
サービス提供形態ではサービスを受給できるかが住民の行政に対する知識に依存してしま
う。それでは不公平が生じるというのがその理由である。
しかし、住民に直接働きかけるプッシュ型サービスの特性を考えれば、その意味合いは行
政側からの戦略的なサービス提供においてより重要となる。住民に対して伝えたい情報を
積極的に伝えることができる。促したい申請を積極的にアピールすることができる。つまり、
行政による能動的なサービス提供のツールとして活用すべきである。
さらに、プッシュ型サービスは単に現状に対処するだけではなく、ある程度の将来予想に
基づいたものとすべきである。トータルコストを考えたとき、予防医療のように、事前に費
用を投下して予防的な対応を行ったほうが結果として低コストとなる場合は多く考えられ
る。しかし、行政サービス提供の現状は支援が必要な状況になってからの対症療法的なサー
ビス提供にとどまっている。戦略的に、支援が必要な状態に陥らせない予防や事前ケアの視
点でのサービス提供を計画することはできないか。プッシュ型による戦略的なサービス提
案によってそれらを実現できないか検討が必要である。
3 官民データ活用のコストメリット
官民データ活用を議会等の理解を得つつ、持続可能な事業として実現するには、具体的な
費用対効果(コストメリット)を明確にする必要がある。官民データ活用の本来目的は住民
サービス高度化や地域活性化である。しかし、それは十分なコストメリットがあってこそ検
討が可能となる。さらに、事業として持続可能であるためにもコストメリットの裏付けは不
可欠である。
上述した「資源投下の最適化」はコストメリットへの効果は明確である。コストメリット
を出すには収入を増やすか支出を減らすかである。収入増が様々な施策による最終的なア
ウトカムとして得られるのに比べ、支出削減はデータ活用など個別施策のアウトプットと
しても得られ直接の効果を示しやすい。データ分析に基づき最適な資源の投下先を決定す
る「資源投下の最適化」は支出削減策そのものである。
また、「資源投下の最適化」を将来予想に基づく予防的なサービス提供に拡充すればさら
なるコストメリットが期待できる。上述した通り、住民に対して支援が必要となってそのた
びに資源を投下するよりも、事前に予防措置のために資源を投下するほうが中長期的に低
コストとなる場合は多くある。
3
4 活用資源の多様化とパブリッククラウド活用
戦略的な「資源投下の最適化」を住民サービスに当てはめる場合、投下対象である資源は
多様化している。自団体が保有する資源だけではなく、近隣自治体が保有する資源、医療?
健康サービスなど公益性の高い民間事業者が持つ資源、最近ではシェアリングエコノミー
に代表される新たな民間資源など多様な資源を適切に組み合わせる必要がある。
住民の多様なニーズにこたえる上で、全ての機能、能力を単独自治体の資源として準備す
る自前主義は不経済である。行政の資源だけに依存することも非合理といえる。民間で活用
されている、例えばパブリッククラウドに代表されるような、多くのサービスや資源を有効
に活用しなければならない。
ネットワーク社会の発展や技術の進歩、ライフスタイルの変化などに対応して拡充して
いる民間サービス、特にパブリッククラウドサービスをうまく活用した戦略が不可欠であ
る。スマートフォンや AI といった現在のインフラを活用する上でパブリッククラウドの活
用は欠かせない。
5 従来の取り組み
戦略的な「資源投下の最適化」の過渡期的な状況として、総合的な住民サービス提供を目
指した取り組みが行われてきた。制度ごとに異なる組織、窓口などで提供されていた住民
サービスを一か所で提供する取り組みである。しかし、それらのほとんどは自治体所管の住
民サービスをまとめて提供するにとどまっている。行政側が戦略的に住民サービスを組み
立てるまでには至っていない。
具体例として、「総合窓口」の取り組みは庁舎における窓口の統合化や住民に対する情報
提供、相談対応の統合化と見ることができる。住民サービス提供のワンストップ化を推進す
る動きであるが、基本的に住民の申請主義に基づくサービス提供であり、戦略性は考慮され
ていない。あくまで住民の申請利便性を高めるため、多くの手続きを一か所の窓口で処理で
きるようにしたものである。
官民協働の例としては、地域包括ケアシステム [厚労省]では医療?介護?福祉などの総合
的な提供がなされているし、子育て世代包括支援センター [厚労省, 2017]では子育てサー
ビスの包括的な提供が検討されている。これらのサービスの多くは介護、医療などの民間事
業者によって提供されるものである。しかし、介護保険法や母子保健法などの法的根拠に基
礎を持つ公的サービスの性格が強いものであり、純粋な民間事業とは一線を画する。
総合化、統合化の流れの一端はマイナンバー制度に受け継がれている。マイナポータルを
活用したワンストップサービスがこの系譜にあたる。マイナポータルの「ぴったりサービス」
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[内閣府]は子育てに関するサービスを一元的に提供している。サービスの検索や申請が一つ
のサイトから実施でき、住民利便性が高い。しかし、自身に対応したサービスを検索する機
能はあるが、行政からの能動的な働きかけは限定的である。
6 官民データ活用による新たな戦略立案の試み
戦略的な「資源投下の最適化」の実現に向けて、官民データの活用によるサービス提供計
画作成を検討する。シェアリングエコノミーなども含めた多様な資源の適切な組み合わせ
を検討することは容易ではない。しかし、AI などの活用による近年のデータ分析、活用能
力を駆使すれば、官民データの分析によるサービス計画立案の検討が可能と考えられる。
計画立案に必要な個人の属性データは自治体がすでに多くを保有している。住民記録、税
などの基幹系業務にその多くが保持されている。収集に関して法的根拠、権限のあるものが
ほとんどであり、組織化されているため改めて収集の労をとる必要がない。
もちろんそれらのデータを活用するには目的外利用などの制度的な整備は必要である。
収集段階の利用目的は基幹業務の事務実施のためである。サービス提供計画作成に活用す
ることは当初想定にはなく、基幹業務の範疇と解釈するには無理のある場合も多い。しかし、
これらは目的外利用に関する条例整備等を行うことで対応できると考えられる。
一方で、自治体に見えていないデータについては適切に収集するための事業展開が必要
となる。自治体は一般的に携帯電話の位置情報のような IoT 関連のデータは持っていない。
また、買い物、通勤などの移動、日頃の運動などのような日常生活に密接したデータも持た
ない。これらのデータもサービス提供計画の立案には重要である。これらのデータを得るた
めには、例えば買い物支援や通勤支援のシェアリングエコノミーサービスを先行して立ち
上げ、スマホアプリを配布してデータの収集を可能とするといった準備が必要である。まず
必要となるデータを考え、その収集手段を準備したのち、サービス提供計画作成につなげる
といった戦略性が求められる。
官民のデータを分析し、住民個人に着目して最適なサービス提供の計画立案を行う行為
をここでは住民サービスポートフォリオと呼ぶこととする。住民サービスポートフォリオ
はサービス提供を受ける住民視点では、もれなく、自身にとって最も有効な住民サービス提
供計画となる。サービス提供者視点では、最も無駄がなく、コストメリットの高い住民サー
ビス提供計画となる。
7 サービス、データの具体例
住民サービスポートフォリオの検討にあたって具体例を見てみる。ユースケースは様々
であるが、例えば「子育て」をテーマとした場合で検討してみる。行政、民間ともに様々な
サービスがあること、それらの提供を判断するための多様なデータも取得可能であること
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がわかる。
「子育て」について行政から提供されているサービスの事例として、「参考資料 ●川崎
市の子育てサービスの例」は川崎市の Web サイトから収集した育児?子育て関連と見受け
られるサービスのリストである。複数の部門、組織にわたっており、住民個人に着目して総
合的な判断からサービス提案を行うのは容易ではない。
民間が提供しているサービスの例として、「参考資料 ●シェアリングエコノミー認証制
度 認証取得サービス第?弾」は一般社団法人シェアリングエコノミー協会が行っている
シェアリングエコノミー認証制度の初期取得者である。ここにも子育て関連の有用なサー
ビスが見られる。株式会社 AsMama(?育てシェア)は文字通り子育て支援のサービスで
ある。株式会社タスカジ(タスカジ)も家事サービスは子育て家庭への支援として重要であ
ろう。ランサーズ株式会社(Lancers)はいわゆるクラウドソーシングサービスであるが、
子育て世帯への就労支援としても活用可能と考えられる。
このように民間が提供するサービスにも活用可能なものが多くある。子育て世帯の多様
なニーズに柔軟に対応するには、行政の提供するサービスとこれら民間サービスを適切に
組み合わせたサービス提供計画が求められる。
一方、データに関しては、「参考資料 ●子育て事業に参考となるパーソナルデータ(行
政保有)の例」は地域情報プラットフォーム標準仕様でインタフェース定義されているデー
タの例である。様々なデータが標準化され、業務システムに API が定義?実装済みである。
すでに多種多様なデータが自治体の業務システムから取得可能であることがわかる。
行政が保有していない、より生活に密接したリアルタイムな情報については、例えば国立
成育医療研究センターはスマートフォンアプリを使った子どもの成長?発達?生活習慣につ
いてのビッグデータ解析研究 [NCCHD, 2017]を実施している。この研究ではスマートフォ
ンアプリである『パパっと育児@赤ちゃん手帳』で収集された育児に関するライフログ(睡
眠、授乳、排泄、健診での身体測定値など)を分析することで子どもの成長、発達、生活習
慣の実態を、個人差や経時的変化などの研究を行っている。
スマートフォンアプリの利用者は研究に協力するというより、あくまでアプリを使いた
くて利用しているに過ぎない。『パパっと育児@赤ちゃん手帳』は育児メモアプリであり、
日々の育児記録を登録し、過去の実績を参照したり電子書籍として保存したりすることが
できる。研究に際しては当然、利用者の同意をとっている。しかし、利用者は研究に協力す
る目的ではなく、個人としての育児記録のためにアプリを利用している。
このように住民に特別の負担を強いることなく、利便性高いアプリやサービスを提供す
ることで必要なデータを収集することは可能である。行政がサービス提供計画作成に必要
なデータも同様の方法論を用いて収集することが考えられる。シェアリングエコノミー
サービスの利用実績やそこで収集されるデータも貴重な分析対象となる。
ウェアラブル保育 [福田千津子, 2016]といった取り組みも進んでいる。乳幼児の脈拍数
と体温、哺乳瓶からミルクの 1 回の量や温度などのデータ、オムツ交換のタイミングなど
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をセンサーで収集、記録、分析するサービスが立ち上がってきている。いわゆる IoT を活用
して様々なデータを取得し、活用する例である。
このようなクラウド、IoT によって収集可能なデータと自治体が従来から保有している業
務データを組み合わせ、分析することで高度なサービス提供計画の作成が期待できる。
8 住民サービスポートフォリオの実現手段
住民サービスポートフォリオの実現方法について検討する。住民サービスポートフォリ
オはどのような住民に(住民属性)、どのようなサービスを(住民サービス)提供すれば求
める地域像(実現目標)が実現できるかを整理したものである。いわば、住民属性と実現目
標の相関関係、因果関係の整理である。
類似の取り組みとしてマーケティングオートメーションがある。マーケティングオート
メーションでは、どのような顧客予備軍にどのようなアプローチを行えば ROI の最大化に
つながるかを分析、実行するものである。いわば、顧客予備軍の属性と ROI の相関関係、
因果関係の整理ともいえる。このような類似性のある取り組みを参考としつつ、それらで醸
成されたツールを活用することで住民サービスポートフォリオが実現可能であるか検討す
る。
8.1 実現目標設定
住民サービスポートフォリオの検討においてまず必要になるのが実現目標設定である。
ポートフォリオが住民、自治体双方にとってどのような目標を達成するためのものである
か明確にしなければならない。さらに、EBPM(Evidence Base Policy Making)の観点か
らは、目標を指標化し、これを目的変数としてその最大化を実現するポートフォリオ作成と
する必要がある。
ここでは行政側の戦略に焦点を当てるため、自治体側の目標設定に絞った議論を行う。住
民側の目標については、例えば「子育て」であれば、子供の健康や教育の充実など、多くの
ものは間接的に自治体側の目標ともなる。いったん自治体側の目標に限定して議論を行い、
住民側の個別目標については追加課題として整理する。
自治体側の目標設定においては従来の行政評価に関する考え方が応用できる。行政評価
で利用している活動指標 成果指標の活用を検討する。総務省による調査では [総務省,
2017]、61.4%の自治体ですでに行政評価が導入済みである。さらにその 87.3%が評価指標
を導入している。このことから行政評価の評価指標を活用することは多くの自治体に適用
可能な方式といえる。
例えば、川崎市における「「川崎市総合計画」第1期実施計画 中間評価結果及び平成 28
年度事務事業評価」 [川崎市, 2017]では政策評価、事務事業評価に多彩な評価指標が発表さ
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れている。政策評価レベルでは、子育て関連でみると、「施策 2-1-1 子育てを社会全体で支
える取組の推進」で
? ふれあい子育てサポートセンターの利用者数
? 地域子育て支援センター利用者の満足度
が成果指標とされている。また、「施策 2-2-1 「生きる力」を伸ばし、人間としての在り
方 生き方の軸をつくる教育の推進」では
? 「難しいことでも、失敗を恐れないで挑戦している、どちらかといえばしている」と
回答した児童の割合
? 「授業が分かる、どちらかといえば分かる」と回答した児童の割合
などが指標とされている。事務事業評価では、「施策 2-1-1 子育てを社会全体で支える取
組の推進」関連に注目すると、「地域における子育て支援の推進」では活動指標に
? 地域子育て支援センターの延べ利用人数
? ふれあい子育てサポートセンターの子育てヘルパー会員登録者数
? 成果指標にふれあい子育てサポートセンターの利用人数
「小児医療費助成事業」では活動指標に
? 小児通院医療費助成の対象者数
などより詳細な指標設定がなされている。
ユースケースによっては行政評価以外に、現状把握のための指標が導入されている場合
もある。例えば子供の貧困問題については「子供の貧困指標(25 指標)」 [内閣府政策統括
官(共生社会政策担当), 2017]が定義されている。ここでは、
? 生活保護世帯に属する子供の高等学校等進学率
? 生活保護世帯に属する子供の高等学校等中退率
? ひとり親家庭の子供の就園率
など多様な指標が示されている。これらの指標も目指すべき状況を表す目的変数として
活用することができる。
このように、まず行政評価に用いられている活動指標 成果指標やユースケース毎に整
理されている各種指標を参考に目的変数たる指標を決定する必要がある。そこでは、そもそ
もどのような状態を目指すのかを明確にしなければならない。既存の指標であっても優先
順位や重みづけなど調整が必要な場合も考えられる。
8.2 長期的な投資対効果の整理
住民サービスポートフォリオを有意なものとするには目標の長期的な投資対効果も分析
する必要がある。行政評価の指標も、特に政策レベルでは、自治体における中長期的な全体
目標を示したものである。しかし、投資対効果の明確化という観点では必ずしも十分ではな
い。ポートフォリオとして機能させるためには投資に対する効果の予測が必要となる。
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子供の貧困問題を例に考えると、子供の貧困が招くと予測される社会的損失に対して貧
困対策施策への投入コストを比較するといった議論が重要となる。日本財団による「子供の
貧困の社会的損失推計」 [日本財団, 2015]によると、「子どもの貧困を放置することによっ
て生涯所得の合計が 2.9 兆円減少することが見込まれる。」とされている。さらに、「税?
社会保障の純負担については、現状シナリオでは 5.7 兆円であるのに対して、改善シナリ
オでは 6.8 兆円となり、子どもの貧困の放置によって 1.1 兆円の社会的損失が発生する。」
と結論づけている。
子どもの貧困対策は多種多様であり、行政サービスだけで解決できるものではない。だか
らこそ、民間サービスも併せた住民サービスポートフォリオを作成し、具体的な対策を施す
必要がある。そのための投資額が 1.1 兆円の社会的損失に十分見合うものであれば、その実
施は当然に許容されるものである。今必要なのは EBPM に基づき、投資対効果を明確に表
現できる仕組みである。
8.3 住民サービスメニューの整理
目標が設定されると次に、その達成に利用できる住民サービスのメニュー化が必要とな
る。マーケティングオートメーションでいうところの顧客予備軍に対して行う各種アプ
ローチや提供するコンテンツの体系化に相当する。つまり、住民サービスを住民を望むべき
方向へ導くための働きかけとして整理する。
住民サービスメニューには自治体から提供されるサービスはもちろん、民間によって提
供されるサービスも含めるべきである。すでに述べた通り、全てを自治体の能力で賄う自前
主義では多様なニーズには対応しきれない。活用可能な民間サービスについても十分整理
する必要がある。
投資対効果を見るために、サービスごとに対象者と必要となる投入コストを整理する。対
象者は効果が見込める全体像の整理に当たる。投入コストは概算となる場合が多いが、予算
編成資料等と対応づけてできるだけ明確化する。(表 1)
さらに、行政が提供する住民サービスについては法的位置づけによる分類が必要となる。
法的に提供が義務付けられているものについては、たとえ本人による申請が前提であって
も、対象者には全員提供が基本原則と言えよう。そこには提供について戦略的に判断する余
地がない。広報、お知らせなどの情報提供や提供の必然性が少ないサービスなど提供するか
しないかに行政側の意思を反映させる余地のあるものと区別して取り扱う必要がある。
そして、最終的には住民サービスメニュー体系の見直しにつなげる必要がある。行政が提
供するサービスの多くは提供すること自体に戦略的な意思を挟む余地がない。すると、戦略
の中心はどのようなサービスを準備するか、サービスの提供対象者をどのような住民にす
るかという住民サービスメニュー体系そのものの見直しとなる。
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表 1 住民サービスメニュー
サービス 対象者(属性) 投入コスト 法的位置づけ
〇〇手当 子供がいる世帯 ?10,000/件 法定事務
〇〇案内 高齢者世帯 ?500/件 自主事業
8.4 関係性の整理
住民サービス体系の整理では、サービスごとに住民に与える影響(影響する住民属性)と
行政に与える影響(実現目標)を対応づける必要がある(表 2)。住民に与える影響とはサー
ビス提供が住民に与える便益としてどの属性が改善されるのかを表す。行政に与える影響
とはサービス提供によって住民環境が変化することで「8.1 実現目標設定」で検討したどの
目的変数に影響を与えるかを表す。
表 2 住民サービスメニュー追記版
サービス 対象者(住民属
性)
投入コスト 法的位置
づけ
影響する
住民属性
実現目標(目
的変数)
〇〇手当 子供がいる世帯 ?10,000/件 法定事務 所得 〇〇受給率
〇〇案内 高齢者世帯 ?500/件 自主事業 外出率 〇〇利用率
住民属性には自治体が保有している住民基本台帳、税などの情報と、アプリや IoT など
で収集される日常生活に密接した情報の双方について整理する必要がある。例えば、各種手
当などの現金給付は所得に影響する。一方、催しの案内などは外出を促したり、運動につな
がったり自治体が直接持たない住民属性に影響を与る。
住民サービスと住民、行政への影響の関係は自明ではない。当然、各サービスは何らかの
効果を想定して設計されている。その意味で目的とされる影響はある。しかし、想定外の影
響も当然にあり得る。
関係性の整理ではまずいったん住民サービス設計時に目的とされたものを整理し、次に
全体の分析を進めることで自明ではない影響範囲を明らかにする。目的変数は住民の状況
変化に影響されるものなので、当然に住民の属性変化が目的変数の変化につながる。その相
関、因果関係も自明ではない。どのサービスへの資源投下がどの属性、目的変数に影響する
かを深層学習によって分析可能であるか検討する必要がある。
関係性分析を行うにはサービス提供前後の住民属性、目的変数の変化が既存情報として
学習データに利用可能であるかが重要となる。自治体保有の住民属性については通常世代
管理され最新以外の状態も保存されている。そのため学習データとして利用できる可能性
は高い。日常生活データについてはどのアプリや IoT を活用するかによって事情が異なる。
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目的変数については旧情報の世代管理は期待できるが、通常観測頻度が低く、個々のサービ
ス投下の影響を検出可能であるか課題が大きい。
しかし、一端住民サービスと住民属性、目的変数を時系列に整理できれば中長期的な投資
対効果分析への道も開ける。どのサービスへの資源投下が長期的にどれだけの効果を生ん
でいるのか相関、因果関係を分析できれば各サービスの投資対効果が明確になる。EBPM の
実現において非常に重要な要素である。
9 課題整理
戦略的な住民サービス提供を目指して住民サービスポートフォリオ作成の可能性を検討
した。
現行の住民サービスをリスト化することは可能と考えられる。対応づける住民属性の多
くは自治体が現有している。対応づける目的変数は行政評価などから引用することができ
る。
一方で、以下の点については課題である。
? 日常生活に密着した住民属性の収集方法
? 目的変数の精査、行政評価以外からの活用
? 目的変数情報の学習データとしての入手
? 目的変数の観測(更新)頻度
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10 参照文献
IT 戦略本部. (2009 年 12 月 21 日). 次世代電子行政サービス基盤等検討プロジェクトチー
ム中間報告書. 参照先: 次世代電子行政サービス基盤等検討プロジェクトチーム:
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/nextg/pdf/100104houkokusho.pdf
NCCHD. (2017). スマートフォンアプリを使った子どもの成長?発達?生活習慣について
のビッグデータ解析研究. 参照先: 国立成育医療研究センター:
https://www.ncchd.go.jp/press/2017/sp.html
閣議. (2017 年 5 月 30 日). 世界最先端IT国家創造宣言?官民データ活用推進基本計画.
厚労省. (2017 年 8 月). 子育て世代包括支援センター業務ガイドライン. 参照先: 厚生労働
省: http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-
Koyoukintoujidoukateikyoku/kosodatesedaigaidorain.pdf
厚労省. (日付不明). 地域包括ケアシステム. 参照先: 厚生労働省:
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureish
a/chiiki-houkatsu/
小野吉昭. (2016). 市町村の情報システム経費に関する研究. 筑波大学 Thesis or
Dissertation 12102 甲第 7625 号.
川崎市. (2017 年 9 月 15 日). 「川崎市総合計画」第 1 期実施計画 中間評価結果及び平成
28 年度事務事業評価について. 参照先: 川崎市:
http://www.city.kawasaki.jp/170/page/0000090726.html
総務省. (2017 年 6 月 27 日). 地方公共団体における行政評価の取組状況等に関する調査結
果. 参照先: 総務省: http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-
news/02gyosei04_04000001.html
内閣府. (日付不明). ぴったりサービス. 参照先: マイナポータル:
https://app.oss.myna.go.jp/Application/search
内閣府政策統括官(共生社会政策担当). (2017 年 3 月). 子供の貧困に関する新たな指標
の開発に向けた調査研究 報告書. 参照先: 内閣府:
http://www8.cao.go.jp/kodomonohinkon/chousa/h28_kaihatsu/index.html
日本財団. (2015 年 12 月). 子どもの貧困の社会的損失推計レポート. 参照先: 日本財団:
https://www.nippon-foundation.or.jp/news/articles/2015/img/71/1.pdf
福田千津子菱沼美咲姫. (2016 年 12 月 14 日). ひとりで学べる育児ハックと EDTECH の
現在. 参照先: データ流通市場の歩き方 株式会社日本データ取引所: http://www.j-
dex.co.jp/datamarketguide/archives/category/出産?子育て?教育
12
11 参考資料
●川崎市の子育てサービスの例
(川崎市 Web サイト提示の情報より著者作成)
妊娠届と母子健康手帳の交付
妊婦健康診査
マザーズブラッシング(歯みがき教室)
妊娠を機会にお口の健康をチェックしてみましょう
両親学級
入院助産制度
出産育児一時金
不妊に悩む方への特定治療支援事業
不妊?不育専門相談センター
地域子育て自主グループへの支援
栄養食品支給
母子栄養食品支給事業
かわさき子育てアプリ
産後ケア事業
ふれあい子育てサポート事業
赤ちゃん訪問
産前?産後家庭支援ヘルパー派遣事業
地域子育て支援センター
新米パパ?ママ向けセミナー
子育て中の女性向けセミナー
児童手当
災害遺児等福祉手当
特別児童扶養手当
小児医療費助成事業
小児ぜん息患者医療費支給事業
ひとり親家庭等医療費助成事業
療育医療の給付
障害者自立支援医療(育成医療)の給付
小児慢性特定疾病医療費助成制度
平成 27 年度子育て世帯臨時特例給付金
地域療育センター(早期療育指導訓練)
福祉型障害児入所施設
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医療型障害児入所施設
早期療育指導訓練
障害児家庭支援員派遣事業
特別児童扶養手当
障害者自立支援医療(育成医療)の給付
特別支援学校
認可保育所、家庭的保育事業及び小規模保育事業
認可外保育施設
幼稚園?認定こども園?幼児園
就学援助制度のお知らせ
こども文化センター?わくわくプラザ?放課後児童クラブ
青少年指導員
こどもの遊び場事業
児童相談所
児童虐待防止センター
乳児院
児童養護施設
里親制度
児童家庭支援センター
子育て短期利用事業(ショートステイ?デイステイ)
母子?父子?寡婦福祉資金貸付制度
日常生活支援(エンゼルパートナー)制度
川崎市高等職業訓練促進給付金等事業
川崎市自立支援教育訓練給付金事業
児童扶養手当
災害遺児等福祉手当
女性保護事業
川崎市母子緊急一時保護事業
母子生活支援施設
母子?父子福祉センター
川崎市寡婦(夫)控除のみなし適用
川崎市母子家庭等生活支援事業
川崎市ひとり親家庭高等職業訓練促進資金貸付事業
認可保育所
家庭的保育事業
小規模保育事業等
14
おなかま保育室
川崎認定保育園
地域保育園
病児?病後児保育施設
幼稚園
地域子育て支援センター
青少年関係施設
こども文化センター
わくわくプラザ
児童養護施設
母子?父子福祉センター サン?ライヴ
地域療育センター
育児相談(母子コーナー)
幼児相談
乳幼児特別相談
アレルギー相談
乳幼児歯科相談
女性コーナー(妊産婦等健康相談)
産後の健康相談
教育相談
子ども専用電話相談
思春期保健相談
思春期精神保健相談
療育相談
発達相談
子ども?子育て相談(家庭児童相談)
児童相談
児童虐待相談
子どもの権利の侵害に関する相談?救済申立て
男女平等にかかわる人権の侵害に関する相談?救済申立て
子どもに関する相談(家庭児童相談等)
生活に関する相談
地域療育センターによる相談
保健?福祉に関する相談
学習?就学支援に関する相談
就業に関する相談
15
住まいと生活?仕事に関する相談
児童相談所による相談
●シェアリングエコノミー認証制度 認証取得サービス第?弾
https://sharing-economy.jp/ja/news/20170725/
株式会社 AsMama(?育てシェア)…?育てスキル×シェア
株式会社タスカジ(タスカジ)…家事スキル×シェア
ランサーズ株式会社(Lancers)…スキル×シェア
Uber Japan 株式会社(Uber)…移動×シェア
株式会社スペースマーケット(スペースマーケット)…スペース×シェア
株式会社ガイアックス(TABICA)…観光×シェア
16
●子育て事業に参考となるパーソナルデータ(行政保有)の例
(地域情報プラットフォーム標準仕様をもとに著者作成)
個人住民税情報 市区町村民税額、合計所得額、扶養人数 etc.
国民健康保険情報 国保記号番号、資格区分 etc.
障害者福祉情報 各種手帳情報、身体障害者療護施設入退所情報 etc.
児童手当情報 要件児童数、児童数 3 歳未満、児童数 3 歳以上小学校
修了前 etc.
生活保護情報 生保受給開始年月日、生活保護救護施設入退所情報
etc.
乳幼児医療情報 受給者証番号、乳幼児医療申請事由、資格区分、認定
情報 etc.
ひとり親医療情報 受給者証番号、ひとり親医療申請事由、認定情報 etc.
児童扶養手当情報 資格区分 etc.
児童生徒健康診断票情報 発達測定、視力、張力、心臓 etc.

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